汚れたダイヤモンド

ラスト10分のピエールの描き方が見事

この映画、ラストの数シーンが無茶苦茶いいです。

その良さというのは、主人公のピエール(ニールス・シュネデール)、下の引用の人物なんですが、彼の心の揺れが映画的に実にリアルなんです。

実際にありそうとか現実的という意味ではなく、彼は次どうするんだろう、こうはしないでくれと考えながら見ていると、ああそうするんだ、そうか、そうだよなといった感じで納得させてくれるという意味でのリアルなんです。

監督:アルチュール・アラリ

2016年のフランス映画界で最も傑出した才能の出現アルチュール・アラリ監督によるフィルム・ノワール。『ハムレット』を下敷きにしたと語っているように<父と息子>という永遠のテーマが流れている。原石のダイヤモンドに眠る輝きと深く暗い欲望。それを知ってしまった者にはもはや安穏は許されない。(公式サイト

この映画、フィルム・ノワールと紹介されており、言われてみればああそうかなと思いますが、その他にもいろんな要素が入っている感じで、始まってしばらくはなかなか掴みきれないかもしれません。

いずれにしても、この映画はラスト10分(15分?)につきるわけで、それまではその10分のピエールをリアルな存在として浮かび上がらせるための要素を重層的に見せているのです。

その重層的な要素を整理しますと、まず家族関係です。

ピエールの父親ヴィクトルには兄ジョゼフがおり、その家族はアントワープでダイヤモンドを扱う商売をしていたようです。ヴィクトルは優秀なカット研磨職人でしたが、過労のため研磨機で指をなくしてしまいます。

そして現在、ダイヤモンド商の家業はジョゼフとその息子ギャビーが跡を継ぎ、ヴィクトルは失意の後、精神を病んだのか、孤独のうちに亡くなります。

ピエールは、その父の死について、(父の)父親や兄ジョゼフから虐げられ、家を追い出され、財産も奪われ、野垂れ死にしたと思い込み、叔父ジョゼフやいとこギャビーを内心憎んでいます。

ピエール自身は、今、パリで強盗団の一員として暮らしています。

父の葬儀を契機に、いとこギャッビーから仕事場や家の内装の仕事を依頼されます。あまり説明はありませんでしたが、おそらくピエールの表の顔は便利屋のような何でもやる仕事ではないかと思います。で、ピエールは、誘いを受け、復讐を胸に、叔父家族に近づくためアントワープへ渡ります。

アントワープでは叔父の家に同居するのですが、その家にはギャビーも恋人ルイザと同居しています。

上の引用にもありますが、確かに基本となる人間関係は「ハムレット」そのものですね。さらにいえば、ギリシャ悲劇から連なる、肉親間の愛憎、(高貴なる)人間の没落、そして(主人公の)苦悩といったテーマがベースとなっています。

そして、ダイヤモンドという要素。

私自身はあまり興味がありませんので思いを込めては語れませんが、この映画では、原石からのカットの段階でそれぞれ異なった輝きを取り出すことが出来るといったミステリアスな描き方がされています。

「ダイヤは底のない鏡」といった表現もされていました。

冒頭のシーンは、ピエールの父親が指を失う過去の場面なんですが、ダイヤモンドを見つめる眼をどアップで捉えたカットから始まり、かなり印象的で、その瞳にダイヤモンドの輝きを映し込んだりしています。

少し話は変わりますが、このファーストシーン、研磨機で指を落とし、血が飛び散るわけなんですが、それがなんて言うんでしょう、やや劇画調といいますか、ほとんどリアルではなく描かれており、50年代か60年代くらいのクラシカルな雰囲気が漂っています。この映画の物語はここから始まるんだよと宣言されているような感じです。

で、ダイヤモンドに戻りますと、叔父の懐に入りこんだピエールは、父親譲りなのか、叔父の取引先(共同経営?)のカット工場(作業場)のマイスター職人リックにその才能を認められ、カット職人として働き始めます。

犯罪ものとしての要素。

パリの強盗団は、リーダーのラシッドと金庫破りのプロのケビンと組んでおり、このラシッドとの関係が単に仲間というよりも親子関係のような結びつきを感じさせています。15歳で父親と生き別れと書かれていたように思いますので、その頃から父親代わりで育ってきたということで納得もいきます。

で、物語としては、当然ながら、ピエールはラシッドにダイヤモンド強盗を持ちかけ、おそらく相当な金額の仕事なのでしょう、ラシッドたちはパリを引き上げアントワープにやってきます。

当然作業場のセキュリティはしっかりしているわけですから、侵入のルートや暗証番号、鍵などを準備していくのですが、犯罪ものとしては、このあたりの描写がほとんどなく、なかなか焦点が定まりにくい結果にもなっていると思います。

その他、いろんな細かな要素が散りばめられており、それらがラストに向けて絡み合っていくような作りになっています。

これは伏線ではなく全体的なトーンのためかと思いますが、一族をユダヤ人にしていますし、いとこのギャッビーを癲癇持ちにしたり、その恋人ルイザにタイ式ボクシングをさせるというちょっと変わった人物にしたり、そのルイザにピエールが好意を持つようになり、ある種三角関係的な緊張感も入れています。

また、結構重要な人物として、インド人のバイヤー、ゴパールがいるのですが、かなり早い段階で、ピエールとギャッビーに取引のためにインドへ行かせ、そこでゴパールが描いたダイヤモンドの絵に対して、実はちょっと違和感を感じたんですが、褒め称えさせています。

こうした細かい設定がそれぞれ物語に絡んでいますので、ひとつも無駄になっていません。シナリオがうまくできているということなんですが、ただ、ちょっとやり過ぎ感がなくもなく、犯罪ものとしてはなかなか先が見えにくい結果にもなっています。

そしてラスト

計画直前にトラブルが起きますが、長くなりますので省略して、実行日です。

予定通り、ラシッドとケビンが侵入し、金庫も破り、ダイヤモンドを手に入れます。しかし、そこに予定ではいないはずの叔父ジョゼフが帰ってきます。慌てたラシッドはピエールに電話をし、ピエールが工場に駆け付けます。

ラシッドと拳銃を構えたケビンが潜んでいる、そこにまだ気づいていないジョゼフと息を切らして駆け付けたピエールが対峙しているシーンです。

これ、普通、どう展開すると思います?

いきなりピエールが「親父のことで話がある」と言い出します。 

これがですね、不思議と唐突な感じがしないんです。

ピエールは父についての思いの丈と叔父や一族への恨みつらみを語ります。ジョゼフはそうじゃないんだ、実はこうこうこうなんだと諭します。

うなだれるピエール。

映画は、叔父ジョゼフの言っていることが正しいと言っているわけではないのですが、その後のピエールの複雑な心の揺れ動きに影響していきます。

その後の成り行きの詳細は記憶がやや前後してしまっていますが、いずれにしても、ジョゼフは足を撃たれ、ラシッドとケビンは死亡、ラシッドが持っていたダイヤモンドを手にしたピエールには、おそらくある考えが浮かんだのでしょう。

足を撃たれたジョゼフは、ラシッドが「ピエール!」と叫んだのを聞いています。複雑な思いのうちに病院を見舞ったピエールに、ジョゼフは警察に言うつもりはないだったか、聞いていないだったかと言います。ピエールの苦悩は深まり、全て話してしまおうと思ったことでしょう。

しかし、警察に出頭したピエールは、強盗を倒した勇敢な男と思い込む警察に事実を話すことはできません。

そしてもうひとり真実を知るゴパール、彼はピエールがラシッドやケビンと会っているところを見ているのです。アントワープ駅から発とうするゴパールは、そのことをピエールに話します。もちろん警察に言うつもりはありません。

ピエールが「ここを出たい」(違っているかも)とつぶやきます。

そして、駅から出ていく(ちょっと変な感じの)列車で終わります。もちろんピエールがそれに乗っているという意味ではありません。

アルチュール・アラリ監督、36歳、これが長編デビュー作とのことで、おそらく相当気合を入れて作ったんだと思います。細かなところまで気を抜かずに撮られていますし、隙なくまとめられています。

その為かと思いますが、序盤、中盤とややテンポを欠いているのが難点ではあります。それにしても今後が楽しみな監督です。

ピエールのニールス・シュネデールさん、ついこの間「ポリーナ、私を踊る」を見たばかりです。映画自体がよくなかったせいで名前も挙げていませんが、このピエールは良かったです。

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