あゝ、荒野 前篇

60年代ぽさがうまく現代に融合し、適度にリアル、適度に嘘っぽい。寺山修司を映画化? というよりも、1960年代を映画化?といったほうが正確なんですが、今の時代、最も映画化するのが難しいのではないかと思う時代をやりますか?

と、思ったのですが、面白かったです(笑)。

時代を2021年に置き換えているのですが、あまり違和感がないのは、新宿という街の持っている空気なのか、あるいは60年経っても何も変わっていないということなのか…。

監督:岸善幸

1960年代後半、激動の時代に演劇、映画、文学とマルチに活躍し、今なおカルチャーアイコンとして注目され続ける寺山修司。彼が遺した唯一の長編小説、『あゝ、荒野』。人々の“心の荒野”を見つめた傑作が、半世紀以上を経て大胆に再構築され、新たな物語として生まれ変わった。(公式サイト

前後篇あわせて5時間、前篇が10/7公開、後篇が10/21公開なのに、11/1DVD&BD発売って、何だか早いですね。一気に資金回収ってことなのか、さらに U-NEXTでは先行して9/26日から配信しているんですね。新しい(かどうかは知らないけど)ビジネスモデルってことなんでしょうか。

それはともかく、「自殺防止研究会」の集団にはやや違和感を感じますが、原作にもそれらしき「自殺研究会」という集団が出てくるようですので、原作を大切にしつつうまく現代に置き換えているのだろうと思います。

基本的には、新次(菅田将暉)と建二(ヤン・イクチュン)のボクシングを介した青春物語であり、その裏には、というか、ほぼ表に出ていますが、親(母)子ものの映画です。

新次は母に捨てられ、建二は父を捨て、そして新次の恋人となる芳子(木下あかり)と母の間にも何かがあるようで、おそらく後篇で明らかになるのでしょう。

寺山修司と実母ハツとの関係を考えれば、おそらく原作にも母子の関係は色濃く反映しているものと思われますので、映画にもそれが現れているのでしょう。

ただ、映画を引っ張っていっているのは、それが寺山的なものなのか、あるいは岸善幸監督のものなのかはわかりませんが、人物描写の面白さですね。そして、演じる俳優たち、菅田将暉とヤン・イクチュンの正反対ともいえるキャラクターの存在感、そしてそのまわりを固めている脇役、特に片目のユースケ・サンタマリアやボクシングジムのオーナーの高橋和也の力によるところが大きいと思います。

皆、心に傷を負った心優しき人間たちです。

新次は乱暴ではあっても裏がありませんし、建二は優しさそのものですし、芳子も新次の真っ直ぐさをそのまま受け入れられる素直さを持っていますし、そうした三人の今を生きようとする正直さに対して、片目やジムのオーナーの優しさは、それを受け止めようとする優しさです。

そうしたところはかなり60年代っぽいと感じます。

特にジムのオーナーは胡散臭さの極みで、設定もうまいと言えばうまい設定で、ラブホテルを買い取ってケアハウスを営業しつつ、儲かりもしないボクシングジムをやっているという、つまり、胡散臭くとも根はまっとうみたいな優しさです。

片目は、何かを果たせなかった失意の人物であり、強がってはいるけれども哀愁を帯びたかなり古風なキャラで、新次と建二のトレーナーを雇うために、誰にも言わず、夜はホスト(は?)のアルバイトを始めるという心優しき人物です。

といった具合に、そうした人物を演じるそれぞれの俳優の個性が活きた、適度にリアルで、適度に嘘っぽい、そしてちょっと笑える人物が織り成す面白い映画空間となっているのだと思います。

ああ、そうそう、忘れていけないのが、肝心のボクシング、このリアルさがあってこその面白さです。俳優たちがかなり訓練したのか、撮影がうまいのか、結構難しいボクシングシーンがクライマックスとなり得ているのがこの映画の魅力でもあります。

と書きながら、ボクシングで思い出すのは、60年代後半、時代の象徴でもあった「あしたのジョー」ですかね。

後篇が楽しみです。