愚行録

満島ひかり、妻夫木聡、向井康介(脚本)に期待するも…

原作の著者貫井徳郎さんも監督の石川慶さんも初めて聞く名前なんですが、何となく気になってといいますか、むしろ、満島ひかりさんと妻夫木聡さん、そして脚本の向井康介さんの名前に誘われたのかもしれません。

原作は第135回直木賞候補作とありましたので、いつだろうと調べてみましたら2006年ですから10年前ですね。

映画は昨年のヴェネチアのオリゾンティ・コンペティション部門で上映されているとのことです。

監督:石川慶

エリートサラリーマン田向一家惨殺事件は迷宮入りしたまま一年が過ぎた。週刊誌の記者田中は、改めて事件の真相に迫ろうと取材を開始する。殺害された夫の同僚、妻の大学同期であった女、その恋人であった男、大学時代夫と付き合っていた女。証言から浮かび上がってきたのは夫婦の見た目からはかけ離れた実像、そして証言者たち自らの思いもよらない姿であった。一方、田中も問題を抱えている。妹の光子が育児放棄の疑いで逮捕されていたのだ――。(公式サイト

ジャンルとしてはミステリーになると思いますが、さほど犯人は誰だろう的な謎解きで引っ張っていこうという意図は感じられず、週刊誌の記者田中(妻夫木聡)が取材する証言者たちの話の内容それぞれにポイントが置かれているようです。

つまり、一般的に善良なる人たちと見られがちな一流企業に勤めるサラリーマンとその家族が、実は人に冷酷であったり、身勝手であったり、異常に野心(ちょっと違うけど言葉が見つからない)的であったりすることが明かされたり、逆に、それを語る人たちも他人への妬みや嫉妬心で行動していたりと、そうしたことが「愚行」として語られていくというのが映画の2/3くらいまでです。

で、残りの1/3、いや、もう少し短く1/4くらいでしょうか、え?そういうことなの?という展開になります。

ただ、え?とは思っても、なんとなく最初から物語に違和感があり、ああそういうことだったのねと妙に納得はいきます。

どういうことかといいますと、証言者たちが語ることは、確かに愚行ではあるのですが、正直そんなことは多かれ少なかれ現実にあるでしょうといった類のことであり、これじゃミステリーにならんでしょうという程度のことです。

一流企業に就職するために女を利用したり、逆にそうした男と結婚することが自分の幸せにつながると思い込む女であったりと、つまり田向夫婦はそうした男女なわけですが、どう考えてもこれだけじゃドラマになりません。

冒頭、田中の妹光子(満島ひかり)が育児放棄で逮捕されていることから物語が始まります。どうやら光子は父親から性的虐待を受けていたらしいことが語られ、また田中も暴力を受けていたようです。そうした過去を背負っているせいなのか、田中のキャラクターがとても一端の記者とは思えない妙に投げやりで何かありそうにつくられているのです。

なんとなく感じていた違和感は当たりでしたが、え?そうなの?とは思いつつも、さすがに強引すぎないかとは思う結末でした。完全にネタバレしてしまいますと、田向一家惨殺事件の犯人は光子で、光子の育児放棄の犠牲となる子供の父親は兄である田中だったということです。

原作があるわけですから、ストーリーはともかくとして、映画としてもかなり微妙な出来ですね。

一番の問題は、先へ引っ張っていく力が足りないということです。ミステリーとするなら謎解きの知能ゲーム的なことが必要でしょうし、サスペンス的なものとするなら緊迫感がありませんし、これが多分狙いだとは思いますが、人間性に迫るシリアスドラマとするならそれぞれの人物設定がステレオタイプ過ぎるということです。

人を利用して社会的にのし上がろうとする人間、女を利用する人間、男に擦り寄って生きようとする女、そして幼児期の虐待による犯罪の連鎖、こうしたものは過去にも数多く描かれているわけで、この映画のように上っ面だけなぞったところで、出来上がるものはせいぜいが火サス的2時間ドラマでしかないでしょう。

残念ながら原作を読んでみようとまではいかない映画でした。

愚行録 (創元推理文庫)

愚行録 (創元推理文庫)