海辺の彼女たち

ベトナム人技能実習生のある現実、なのだが…

映画の宣伝コピーに「技能実習生として来日したベトナム人……」とあれば、ほとんどの人は、技能実習生が不法な労働時間や賃金未払いなど過酷な環境で働かされる実態に迫った映画だろうと予想します(しないかな?)。

でも、ちょっと違っていました。おそらく藤元明緒監督にしてもそうした予想はわかってのことだと思われますので、それをどう捉えるかがこの映画のポイントかと思います。

海辺の彼女たち

海辺の彼女たち / 監督:藤元明緒

ネタバレのあらすじから

映画は、技能実習生として3ヶ月前に来日したフォン、アン、ニューの3人がそのひどい労働環境から逃げ出し、ベトナム人ブローカーの斡旋で別の仕事につくところから始まります。

その3ヶ月がどんな環境であったかは3人の言葉でひとことふたこと語られるのみです。土日の休みもなく1日15時間働き残業代も支払われなかったこと、また、パスポートや在留カードは雇い主に取り上げられているとも語っていました。それ以外はありません。

フェリーで雪国の港町に降り立ちますとブローカーが待っています。ブローカーは3人に銀行のキャッシュカード(送金用?)を渡し、斡旋料を受け取り、残りは来月の給料からもらうことと給料の1割を云々(今後毎月1割ピンハネということか?)と説明し、新しい職場につれていきます。職場は漁業らしく、日本人の雇い主はブローカーに(雇っていた)2人が帰国してしまったので助かったと言っています。

3人の住まいは物置のような倉庫を3畳くらいのスペースに区切りカーテンをしただけのところで、調理用のコンロと錆のきた冷蔵庫が置かれ、石油ストーブや電気ストーブが置かれています。

3人の仕事は魚の水揚げ時の仕分けやフロートについたフジツボ(かな?)を取る仕事です。というよりもそれ以外のシーンはありません。他にベトナム人がいて作業を教えていました。

3人が他にも仕事探そうかと話すシーンもあります。時間があるのでもっと稼ぎたいという意味なんでしょう。確かに仕事自体はきつそうですが労働環境に問題があるとの描き方はされていません。

フォンが体調を崩しているせいで箱詰めした魚を落とし雇い主から怒られるシーンがあります。さらに、早くしろなどと罵声が飛んできます。ただ、そうしたシーンはここだけです。

これ以降は、フォンが体調を崩した理由が映画の主題となっていきます。

フォンは体調が悪いのは妊娠しているからだと思うと言います。生理が3ヶ月ないと言っていますので出国前のベトナムでのことでしょう。

検査薬で調べますと陽性です。在留カードも保険証もありません。なくても見てくれるところがあるとか言いながら3人で電車(ディーゼル)とバス(だったか?)を乗り継いで町の病院へいきます。しかし、在留カードがないと診察できないと言われます。

フォンは同僚のベトナム人から保険証と在留カードを偽造してくれる知人を紹介されます。金額は5万円と言われます。フォンは迷います。銀行への入金時に思い悩むシーンがあり、結局入金せずそのお金で偽造を依頼します。偽造カードと引き換えに5万円を支払いますと特急料金だからとさらに5千円を要求され、食費がなくなると拒みますがひったくられるように3千円とられます。

このあたりからカメラはほぼフォンひとりを追いかけることになります。他の2人との間にやや溝ができた描き方になっています。この後、フォンは偽造カードを持って病院へ出かけるのですが、その時にも、捕まっても喋らないでよと冷たい言葉を浴びせられています。

フォンは町の総合病院へ行き診察を受けます。医師はエコー検査をし順調に育っていると言います。その画像を見つめるフォンの目から涙がこぼれそうになります。医師は丁寧に今後の進め方と出産には10万円の費用が必要になると説明します。

フォンがさまよい歩くシーンが続きます。途中、誰かにスマートフォンでメッセージを送ります。

メッセージを送った相手はブローカーだったのでしょう、フォンが戻りますとブローカーが待っており、経口妊娠中絶薬を渡されます。この薬を飲み、48時間後にこちらを飲めと指示され、明日は仕事を休んでいいと言われます。

フォンが住まい(物置だけど)に戻ります。2人はよそよそしく言葉も交わしません。フォンはスープ(のような)食事をとり、コップに水を入れて自分のスペースに行き、薬を飲んで横たわります。

暗くなりエンドロールです。

何を撮ろうとしたのか?

率直に言って、見ていても強く伝わってくるものはありません。

ニュースなどで取り上げられる過酷な労働環境に置かれている技能実習生の姿を前面に押し出そうとした映画でないことは確かです。それがベースにあるにしろ、3人の言葉には自分たちの過去3ヶ月への思いや感情がほとんどありません。

この映画はシナリオのあるドラマですので、脚本を書いている藤元明緒監督にそうした映画を撮ろうとの意志がないということです。

では何を撮ろうとしたのか、おそらく技能実習生の現実の日常でしょう。

3人の言葉には、自分たちの置かれている状態への不平不満もありません。もちろん、だからといってそれでいいと言っているのではなく、これは劇映画ですので何を意図してつくられているかということであり、その点では先に書きましたように告発的な映画ではないということで、ある3人のベトナム人技能実習生の現実の生活を撮ろうとしたのだと思います。

あくまでも、ある3人の、です。ですので、この映画は個別の現実を描こうとしただけだと思います。

問題は、それはそれでいいのですが、そうした個別の現実からいかに普遍的な現実感を浮かび上がらせることができるかということであり、それができた映画こそが映画として優れているということだと思います。

この映画は3人のベトナム人技能実習生の現実は描けていますが、そこから(日本人の)心に訴えてくる何かがないということです。もちろんそれは、3人の過去3ヶ月を描けということではありません。

3人が過酷な環境の3ヶ月を経て何を思い、そこから何が変わり、そのうえで今をどう生き、そしてこれからどうしようとしているのかといった3人のストーリーが見えてこないということです。

結局、妊娠そして中絶というドラマで映画をつくろうとしたことが間違いだったのだと思います。

ベトナムで上映されれば意味がある

ただ、この映画、ベトナムとの合作になっており、ベトナム人のプロデューサーもクレジットされていますので、ベトナムで上映されることがあれば共感もあるのではないかと思われ、また啓発的な意味合いもあると思います。

2021.5.13追記

問題はこれですね。

真正面からこの問題を描けばよかったのに…。