「ソング・トゥ・ソング」ネタバレレビュー・あらすじ:フィジカルタッチイメージフィルム

テレンス・マリック監督はもう充分ですと思っていたんですが、ルーニー・マーラさんが主演ですので見てきました……ら、やっぱり、テレンス・マリック監督でした(笑)。

 

ソング・トゥ・ソング

ソング・トゥ・ソング / 監督:テレンス・マリック

 

テレンス・マリック監督もルーニー・マーラさんの横顔が好きなんですね(笑)。

 

 

2時間強のフィジカルタッチイメージフィルム

ルーニー・マーラ、ナタリー・ポートマン、マイケル・ファスベンダー、ライアン・ゴズリング、主にこの4人のフィジカルタッチ(ラブタッチ)を延々2時間強にわたって見る映画です。

 

嘘じゃありません、本当にそうです。

 

物語としてあるのは「愛と別れ」だけです。ただ、愛と別れの物語と言っても現実的な愛や別れが描かれるわけではありません。画はほぼすべてフィジカルタッチシーンです。

 

その画にそれぞれのモノローグが被せられます。画とモノローグもなんとなくそんな感じかなという程度で画に合うように語ることはまったく意識されていません。別取りの音声を編集で入れているだけです。

 

時々、数シーンくらいだったかと思いますが、会話シーンが入ります。本当はもっと多かったと思いますが印象としてほとんどがフィジカルタッチシーンだったということです。 

ただしその会話もおそらく台詞台本はなく、俳優たちのアドリブと言いますか俳優たちの創作でしょう。

 

画としてのセックスシーンはありません。主演の4人の裸もありません。ワンシーンだけ、クック(マイケル・サスペンダー)と女性2人とのセックスシーン(ぽいシーン)がありますが、娼婦という設定でした。

 

で、そうしたフィジカルタッチの背景はといえば、まさにイメージフィルムです。様々な背景のシーンがあります。テレンス・マリック監督得意の自然の風景であったり、室内も高層アパートメントであったりと、それを美しいというのであれば確かに美しいです。メキシコのリゾート地のシーンもありました。

 

そうそう、野外ライブのシーンがあります。あれは生のライブを撮ったものだと思います。タイトルも「ソング・トゥ・ソング」ですので全編音楽がかぶっているような印象です。イギー・ポップがワンシーン(ライブ後の印象)、そしてパティ・スミスはたくさん台詞があり、フェイ(ルーニー・マーラ)を教え諭しているようなシーンでしたが、どういう役だったんでしょう、よくわかりませんでした。

 

ラスト近くに白黒の映像が挿入されており、すでに頭がぼんやりしていましたので(笑)、どういう意味合いだったのかは記憶していませんが、「メニルモンタン」ですね。

 


Dimitri Kirsanoff: Ménilmontant (1926)

 

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

公式サイトのストーリーには、

音楽の街、オースティン。何者かになりたいフリーターのフェイ(ルーニー・マーラ)は、成功した大物プロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)と密かに付き合っていた。そんなフェイに売れないソングライターBV(ライアン・ゴズリング)が想いを寄せる。一方、恋愛をゲームのように楽しむクックは夢を諦めたウェイトレスのロンダ(ナタリー・ポートマン)を誘惑。愛と裏切りが交差するなか、思いもよらない運命が4人を待ち受けていた…。 

とあります。

 

このストーリーを読みますとクックは別にしても皆20代の物語みたいに感じますが、役名の年齢はわからないにしても俳優の見た目からすれば30代後半から40代の年齢です。いきなりツッコミになりますが、やっていることに違和感ありすぎでしょう。

 

映画は最初からフェイ、クック、BVのシーンですので、フェイとクックが付き合っていてBVがフェイに思いを寄せるというような物語はありません。とにかく具体的な物語ではありません。

 

クックは音楽業界で成功しています。フェイはクックと付き合っています(関係を持っている、または持っていた)。ミュージシャンのBVがクックに近づきます。BVがフェイをナンパします。BVとフェイが付き合い始めます。フェイはBVにクックは危険だから気をつけてと忠告します。

 

ここまでで映画の半分くらいです。

 

クックがダイナーでロンダをナンパし、付き合うようになります。

 

クックがBV(の何かを)をプロデュースしたようですが、クックがBVの著作権を奪ったことから諍いとなり決別します。クックがフェイに契約(何のかわからない)を持ちかけ、フェイはクックと関係を持ちます。BVとフェイが別れます(BVが去っていきます)。

 

このあたりまではクックもちょっと横柄かなという程度の人物でしたが、このあたりから「罪悪」を象徴するような人物になっていきます。というのは、テレンス・マリック監督の価値観はキリスト教(漠然とした意味で)ですので、ほぼ「善悪、愛、慈悲」で理解できます(ちょっと言い過ぎ(笑))。

 

クックとフェイとロンダ3人でのセックス後の(ような)ワンカットが入っていたと思います。また、クックがマジック・マッシュルーム(のような)をフェイに食べさせるシーンがあります。

 

フェイとBVの家族がそれぞれ登場します。

フェイの父親はフェイが何をしているのか心配しています。フェイには姉が二人おりそれぞれ家族をもっているようで子どもたちと戯れるシーンがあります。フェイは父親にこんな私でごめんなさいと言っています。母親も出てきたような…(ん? パティ・スミスは母親じゃないよね?)。

 

BVの場合は母親が心配しています。フェイと別れたBVは年の離れたアマンダ(ケイト・ブランシェット)をナンパし付き合い始めます。母親と食事するシーンでは母親に不釣り合いだと顔をしかめられています。

 

フェイはゾーイという女性と付き合い始めます。

 

ロンダがクックのプールで亡くなります。多分薬物でしょう。

 

クックは娼婦(多分)二人と戯れセックスします(多分)。

 

BVが寝たきりの父親のもとを訪ねます。BVは故郷に帰る決心をし、フェイに人生をやり直すと伝えて帰っていきます。BVが肉体労働をしています(油田? 何だろう?)

 

この後、どう終わったか記憶にありません(笑)。フェイのモノローグでBVのもとへ行くようなことを語っていたようにも思いますし、ただそんなシーンはなかったようにも思いますし、フェイが本当に愛しているのはBVだと言っていたような終わり方だったような…という曖昧な記憶です(笑)。

 

愛、慈悲、罪、悪みたいなもの

この映画をひとことで言いますと、キリスト教的他力本願映画です。

 

皆、愛して! 救って! 赦して! と叫んでいます。

 

テレンス・マリック監督の映画はおおよそこんな感じです。

 

ただ、何から逃れたいのか、何から救ってほしいのか、なにゆえ愛してほしいのかは描かれることはありません。漠然とした「罪悪感」があるだけです。

 

広角レンズを使った画は美しいか

映像は徹底して広角レンズで撮られています。

 

最初にフィジカルタッチイメージフィルムと書きましたが、広角レンズで手前の人物二人をぐっと引きつけ、背景の誰もいない風景の拡がりを撮れば、言っちゃなんですが美しくなるに決まっています。

 

撮影監督はエマニュエル・ルベツキさんという方で、

キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』(13)、イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)、同監督の『レヴェナント:蘇えりし者』(15)

と、3年連続でアカデミー賞を受賞されています。

 

音楽は生きていたか?

映画タイトルが構想時点から二転三転し「Lawless」「Limitless」「Weightless」、そして最終的に「Song to Song」となったようです。どこで公開版のような音楽構成になったのかはわかりませんが、テレンス・マリック監督にしてはポピュラー音楽が多く使われています。

 

テレンス・マリック監督の映画は、「天国の日々」はDVDで、「シン・レッド・ライン」「ツリー・オブ・ライフ」「聖杯たちの騎士」と見ていますが、クラシック音楽を多用する監督ですのでこの映画は新鮮と言えば新鮮です。

 

ただ、それぞれの音楽が生きているかと言いますとほとんど印象に残る音楽はありません(人それぞれですが…)。

 

この映画、ラスト近くになりますと一気に宗教性をおびてくるのですが、思ったほどそれが強調されることもなく割とシンプルにエンディングを迎えています。

 

唯一ナタリー・ポートマンがプールで溺れ死ぬシーンには、ヴォイチェフ・キラールの「アンジェラス」からポーランドの祈りの音楽がサンプリングされて使われているらしいです。

 


Wojciech Kilar [*], Angelus (complete!)

 

たしかにこんな感じでした。こうしたシーンをもっと前面に押し出せばまた違った映画になっていたと思いますが、おそらく画がなかったのでしょう。なにせポストプロダクションに3年以上掛けているとのことですので画は撮ってみたもののなかなか方針が決まらなかったんじゃないかと思います。

 

ということでと言いますか、映画関係なくと言いますか、やっぱりルーニー・マーラさんはいいですね(笑)。

 

キャロル(字幕版)

キャロル(字幕版)

  • 発売日: 2016/08/10
  • メディア: Prime Video