「名もなき歌」映画・ネタバレレビュー・あらすじ:1988年のペルー、乳児売買、センデロ・ルミノソ、先住民の貧困、同性愛

1988年頃のペルーを舞台にした映画です。

どんな時代だったのかざっとウィキペディアから拾いますと、1985年に誕生したアラン・ガルシア大統領の経済政策の失敗によりハイパーインフレになっており、その影響もあって反政府勢力のセンデロ・ルミノソが勢力を伸ばしリマを包囲するような状態だったようです。日系ペルー人のフジモリ大統領が誕生するのが1990年です。

ハイパーインフレは映画の中でも語られていましたし、センデロ・ルミノソは映画の重要な要素でもあります。

監督はペルー出身のメリーナ・レオンさん、この映画が初の長編で、2019年のカンヌの監督週間で上映されています。

 

名もなき歌

名もなき歌 / 監督:メリーナ・レオン

 

 

視点が曖昧で焦点定まらず 

公式サイトなどで映画紹介を読みますと「乳児売買」をテーマにした映画のようにもみえますが、見てみますとそうでもありません。

もちろん中心的に扱われていますが、あれこれその時代に起きていたことのひとつであって、乳児売買の実態が明らかになるとかでもなく、とにかくいろんなことが盛り込まれ過ぎて映画としての焦点が定まりきらず、結果として1980年代のペルーの社会情勢を俯瞰しているだけの映画になっています。

 

乳児売買

公式サイトに「実際に起きた事件を基に作られた」とあるのは、レオン監督のお父さんがジャーナリスト(だった?)らしく、そのお父さんが「乳児売買」の取材に関わったことがあるのか、耳にしただけなのかはわかりませんが、それが元ネタということのようです。

 

ただ、この映画の中で描かれている「乳児売買」は、妊婦のヘオルヒナが偽産院で出産しそのまま乳児を奪われたということ以上には何も語っておらず、もちろんそれは大変なことではあるのですが、偽産院という方法であるかどうかは別にして、現実としても、組織的に乳幼児売買が行われているらしいことは容易に想像できることです。

 

新聞記者ペドロ

実際、映画ではヘオルヒナの個別の件については何も明らかになりませんし、ある日突然、乳児売買が組織的に行われているという新聞記事がでて終わっています。

 

その記事を書いたのが新聞記者のペドロだと思います(はっきりしていない)が、その取材自体も組織の実態に迫るような取材シーンはありません。偽産院の広告を放送したラジオ局や不動産屋(だったか?)を訪ね歩くだけで簡単に組織の本拠地らしきイキトスにたどり着いています。

 

イキトスというのは、映画の後半にペドロが女性とともに船で川を走るシーンの町ですが、陸路ではいけない町らしいです。あの川はアマゾン川ということになります。

下の Google map では隠れしまっていますので下にドラッグすれば出てきます。

 

 

 

センデロ・ルミノソ

ペドロが乳児売買を取材し始めるのはヘオルヒナが新聞社へ助けを求めに来たからですが、それまでペドロはセンデロ・ルミノソを取材してます。センデロ・ルミノソは毛沢東主義派の共産主義政党で1990年頃には国土の1/3を制圧していたそうです。本拠地はヘオルヒナたちが暮らしているアヤクチョ(Google map)です。

 

Zonas donde se ha registrado actividad de Sendero Luminoso

Tzzznfff, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons 

 

これを見ますと、1988年当時、リマは完全に包囲されているじゃないですか! ペドロたち、あんなのんびり取材できるようには思えませんがどうなんでしょう? それにヘオルヒナから話を聞いたペドロが上司に報告しますと、上司はなにも聞かずにお前が担当しろと言っていましたが、センデロ・ルミノソの方はどうなっちゃったんでしょうね。

 

なのに、センデロ・ルミノソはとても重要なんです。ヘオルヒナの夫がセンデロ・ルミノソに加わり最後に爆破事件を起こします。

 

先住民と貧困

ヘオルヒナと夫のレオは先住民で、映画の最初はそのコミュニティのシーンから始まり、踊りがあったり、子どもの誕生を祝うような(よくわからない)シーンがあります。踊りはユネスコの世界無形文化遺産に登録されている「ハサミ踊り」というもののようです。

 

 

ヘオルヒナとレオは貧しいです。レオが倉庫作業をしているシーンがありましたが後に解雇されます。ヘオルヒナはそこからじゃがいもを買ってアヤクチョで路上販売をしています。

 

結局、解雇されたレオは仕事があると誘われセンデロ・ルミノソの仲間に入り最後に爆破事件を起こします。ただ、あの爆破事件は一体何を狙ったのでしょう? 祭りのイベント会場のようなところでそれこそ先住民たちが犠牲になっていましたし、ヘオルヒナもその現場を見ていました。

 

テネシー・ウィリアムズ『ガラスの動物園』

編集が乱雑ですのでおそらく見落としているシーンがあるのでしょう、どういう経緯でテネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』がでてきたのか忘れてしまっていますが、ペドロがその劇団の俳優の男と知り合うシーンがあります。

 

なぜこの映画の中に同性愛を取り入れたのかはわかりませんが、ペドロとその俳優は愛し合うようになります。

 

なぜ『ガラスの動物園』かは、テネシー・ウィリアムズがゲイであったことと『ガラスの動物園』自体が自伝的であると言われており、あの俳優はトムを演じているということからだと思います。

 

で、このふたりの関係が映画のオチ的に使われています。ペドロに乳児売買の組織から「手を引け、さもなくばお前の恋人にも危害が及ぶぞ(こんな感じ)」と脅迫状が届きます。ペドロは俳優の男に別れを告げます。俳優は去っていくペドロの背中に、君を一生の人だと思っていた(こんな感じ)と投げかけていました。

 

考え方によってはかなりあざとい映画のつくりです。

 

議員の言葉の意味するもの

ペドロが議員に、言葉は忘れてしまいましたが、何らかの法律的手立てを求める意味合いのことを言ったときにその議員が返した言葉、もちろんその言葉の意味はわかりますが、レオン監督はこれで何を言おうとしたのでしょう。

 

「見方による」

「なにも与えられない母親とどちらが幸せだ?」

 

モノクロ、スタンダード

モノクロのスタンダードサイズで何かを表現しようという映画は結構多く、最近ではちょっとサイズが違いますが「ライトハウス」とか、モノクロではありませんが「魂のゆくえ」とか「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」とか、ああ「イーダ」がモノクロのスタンダードでした。

 

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で、この映画はさらにエッジをぼかしています。テレビを意識した処理のようです。

 

これは個々の考え方ですのでなんとも言えませんが、私は映画館に映画を見に行って、テレビを模した処理を見せられてもそれからテレビ映像、この場合はアナログテレビで見ているような感覚ということになりますが、そんなものはまったく感じません。

 

それにこの映画、ビスタサイズのアスペクト比の映像サイズにスタンダードサイズの画が落とし込まれていたんじゃないでしょうか。スタンダードサイズの両サイドにもプロジェクターの明かりがビスタサイズで投影されていました。

 

とにかく、最近はカットマスクをしない映画館ばかりですのスタンダードサイズの画角にすると見にくいだけです。

 

連続した意識を断ち切る編集

おそらく意図的にやっているのだと思いますが、物語の連続性を断ち切るような編集がされています。

 

説明的なことを避けようとの意識かと思いますが、とにかくわかりにくいです。

 

さらに画がモノクロである上にぼんやりした映像が多いために情景自体がよくわからないシーンがあります。

 

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この映像もそうですが、このシーンの右の四角いのはどうやらふたりの住まいで、坂の途中に見える(見えない)のはヘオルヒナとレオです。

 

こんな感じで意図的にわかりにくくしている(ように感じる)シーンが結構あります。

 

ネタバレあらすじ

もうすべてネタバレのあらすじを書いてしまったようなものですので簡潔に。

 

ヘオルヒナとレオの間には子どもができ村(コミュニティ)の皆が祝ってくれます。

 

レオは町の農産物倉庫で働いており、ヘオルヒナはそこから買ったじゃがいもを路上販売しています。

 

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町の広報用スピーカー(かな?)からリマのサンベニート財団の無料産院の宣伝が流れます。ヘオルヒナはその住所をメモし、後日、バスで診察を受けに行きます。

 

さらに後日、陣痛が始まり、再びその産院を訪れ出産します。しかし、無事に生まれたはずの娘は病院にいっていると言われて会うことができません。そして一晩休んだヘオルヒナがどんなに娘に会いたいと叫んでも病院にいっているの一点張りで産院から閉め出されてしまいます。

 

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翌日も、その翌日も産院を訪ねますが誰も出てきません。警察へいきますが、有権者証明書(身分証明のようなもの?)がないために受け付けてももらえません。

 

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一方、新聞記者のペドロはセンデロ・ルミノソの取材をしています。また、『ガラスの動物園』の上演のためにキューバからやってきた俳優と知り合います。

 

ヘオルヒナがペドロの新聞社にやってきます。事情を聞き上司に報告しますとお前が担当しろと言われます。

 

放送したラジオ局、不動産屋、警察、裁判所などを訪ねるシーンがあり、そしてイキトスにたどり着きます。

 

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イキトスでサンベニート産院(だったかな?)を知らないかと聞き回っていますとひとりの女性が近づいてきます。女性はペドロを船に乗せて、危険だからこれ以上は近づかないほうがいいと言います。ペドロがなぜだと尋ねますとわたしも子どもを奪われたと答えます(違っているかも)。

 

そして、新聞のトップ記事に乳児誘拐の記事が掲載されます。

 

話が前後しますが、ペドロは俳優と愛し合います。

 

レオは失業し、仲間に仕事があると言われ、センデロ・ルミノソに入ります。

 

ペドロに脅迫状が届き、俳優に別れを告げます。また、ペドロは議員に乳児売買の対応作を迫りますが、「なにも与えられない母親とどちらが幸せだ?」と返され、なにも答えられません。

 

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町のお祭り会場で爆発が起きます。覆面をしたレオが逃げていきます。

 

何もかも失ったヘオルヒナが「Cancion sin nombre」を歌います。

 

という映画でした。

 

火の山のマリア(字幕版)

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