「わたしの叔父さん」ネタバレレビュー・あらすじ:センスもよく、遊び心もあり、美しい

楽しい映画でした。そしていい映画でした。

このところ押し付けがましいドラマばかり、特に日本映画なんですが、物語を説明的に語る映画を見ることが多く、それらに比べてこの映画はとても新鮮で、あれこれ考えながら見られるとても楽しい映画でした。

 

わたしの叔父さん

わたしの叔父さん / 監督:フラレ・ピーダセン

 

 

ドラマは見る者の心の中に生まれる

もともと台詞の少ない映画ではありますが、それを差し引いてもこの映画のクリスも叔父さんも自分の心情や思いを言葉にすることはほとんど(まったく)ありません。それは我々、また誰もが日々多くを語らないけれども相手のこと理解することにも通じることであり、その意味ではこの映画は日常の中にあるドラマを描いているということになります。

 

なにせ、最初の台詞が発せられるまで10分くらいあります。そしてその後もとにかく台詞は少ないのです。

 

それでもそこには様々なドラマが感じられるわけで、ちょっとした仕草やその違いに、ああだろうか、こうだろうかと思い巡らせ、ただ牛の世話をしているだけのその情景にも物語が生まれることになります。

 

喜怒哀楽を生み出すドラマを作り出すことはさほど難しいことではありません。難しいのはこの映画のように見るものの心の中に人それぞれのドラマを生み出すことではないかと思います。

 

見ていない方は予告編をどうぞ、その雰囲気は伝わると思います。


1/29(金)公開映画『わたしの叔父さん』

 

酪農と温室効果ガス

映画の設定もロケ地もデンマークのユトランド半島の南部、牧草地や農耕地が広がる地帯です。クリスを演じているイェデ・スナゴーさんとその叔父さんを演じているペーダ・ハンセン・テューセンさんは実の姪叔父の関係で劇中の農場も住まいもペーダさんのものだそうです。

 

あらためて地図上の位置を確認してみました。デンマークって北欧の国なんですよね。 

 

Da-map-ja

 

この地域をストリートビューで見ますとまさに映画どおりの美しき風景です。

Google マップ

 

ただそんな感傷的な思いにまどろんでいてはいけないようで、映画の中でクリスと叔父さんが営んでいる酪農は伝統的なものらしく、そうした小規模な酪農はEUの方針で2026年までに廃止(閉鎖?)しなくてはいけないそうです。

 

 

え、どういうこと? と不思議に思いググってみたのですがこれというサイトは見つからず、それでも

から推察しますと、農業の中でGHG(温室効果ガス)を排出する比率が高いのは酪農らしく、それを改善するために小規模の酪農家を制限していくということかと思います。

 

それにかなり無自覚でしたが、酪農がGHGをたくさん出すということを知りませんでした。「国連食糧農業機関(FAO)の2013年報告によると、世界の温室効果ガスの総排出量のうち、実は畜産業だけで14%に上るという。特に多く排出するのが牛で、畜産業のうち65%を占める」とのデータがあるそうです。

 

映画ではクリスが搾乳した牛乳を業者(組合みたいなものかも)がタンクローリーで集めに来るシーンがありますが、牛乳も環境負荷が高いらしく、ヨーロッパでは植物性ミルクに移行する比率が高くなりつつあるようです。

 

個人的には肉やバターをさほど多く消費しているわけではありませんが、牛乳は毎日飲みますのでちょっと考えてしまいました。一度植物性のものを試してみようかな…。

 

ネタバレあらすじとちょいツッコミ(なし)

酪農を営むクリス(イェデ・スナゴー)と叔父さん(ペーダ・ハンセン・テューセン)の日常が描かれます。

 

早朝、目覚まし時計が鳴りクリスが起きます。手早く身支度をし、叔父さんを起こし、靴下をはかせたり衣服を着せたりしています。叔父さんは高齢で身体に障害もあり思うように動けないようです。

 

後のどこかのシーンで叔父さんが倒れたためにクリスが身の回りの面倒を見ているということが語られていました。おそらく脳卒中系の病からではないかと思いますが、この叔父さんの介護という問題が最後までクリスの思考や行動に影響してきます。

 

続いて、叔父さんにはパンとヌテラ、自分はシリアルにミルクという質素な朝食です。毎日のことなのでしょう、会話はありません。クリスは食事をしながらなにか(数独らしい)冊子を開いてそちらに集中しています。会話はありません。

 

牛舎に行き牛の世話です。叔父さんも歩行器を使ってできることはやろうとしています。作業が一段落ついたのか手を洗うシーンがありますが、クリスが手を流しながら大きなボトルをぽんと移動します。カメラはボトルにピントがあっています。その後を叔父さんが歩いていき、続いてふたたびフレームインしてそのボトルをプッシュして手を洗おうとします。石鹸なんですね。

 

(私には)妙に印象に残るシーンでした。

 

スーパーマーケットへ買い出しに出掛けます。叔父さんが運転をしていたように記憶しています。大きなカートにぽんぽんぽんと商品を放り込んでいきます。いつもの決まり物のような感じです。叔父さんが「ヌテラ」(初めてのセリフ)と言い、クリスがカートにヌテラを放り込みます。

 

夕食(はっきりした記憶はないがスープとパンのようなものだと思う)を終え、くつろぎながらクロスワードパズル(のようなもの?)をふたりでやっています。叔父さんはお菓子(かな)をよく食べています。会話はパズルの単語をいう程度です。

 

そして一日が終わります。

 

という日々にちょっとした(でもないけど)さざなみが立ちます。

 

まずひとつはクリスが獣医という職業に興味を持ち始めたことです。ある日の夜中、クリスは何かを察知したのでしょう、ぱっと目覚めて牛舎に向かいます。そこには今にも出産しようかという牛が横たわっています。逆子です。駆けつけた獣医のヨハネスはクリスの適切な処置を褒めます。

 

公式サイトには「クリスはかつて抱いていた獣医になる夢を思い出し」とありますので、映画の中ではそれらしき話は出ていなかったのですがある程度の知識があったということなのかもしれません。

 

それを契機に、ヨハネスは医学の本をクリスに貸したり、診察(難しい言葉だった)に連れて行ったりします。

 

同じ頃、もうひとつのさざなみが立ちます。教会で村の(だと思う)青年マイクからランチに誘われます。クリスは迷いますが行くと答えます。しかし迷いは続きます。夜、クリスは叔父さんの前でふと「ランチに誘われているの」ともらします。叔父さんはちらっとクリスを見るだけです。

 

こういうところがいいんです。

 

で、次の買い出しの日、ふたりはヘアアイロンの前にいます。叔父さんは「これは必要だ」と言います。そして、デートの日、鏡の前に座るクリスの髪を叔父さんが巻いています。

 

約束の日、レストランの前でマイクが待っています。クリスがやってきます。

 

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来ないかと思った、髪のカールが素敵だ、とふたりの会話、かと思いきや、なんと!そこに叔父さんが歩行器を支えにフレームインしてきます。

 

この間合いのセンス、洒落ています。結局、3人でのランチとなります。クリスが叔父さんをひとりで置いておけなかったのでしょう。

 

食事後のシーンがまた美しいんです。

 

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叔父さんと二人の間を鳥が群れをなして飛んでいきます。写真の細かい点々が鳥です。

 

マイクがどこか違うところへいきたいと思うことはないの? と尋ねますと、クリスは叔父さんがいるし…と答えます。

 

教会でランチに誘うシーンだったかと思いますが、マイクが10歳の時に母親が死んだと話しますと、クリスはわたしも14歳の時に亡くしていると答えています。

結局、映画の中でクリスについてわかることは、何らかの理由で兄(母親も一緒にかもしれない)が亡くなり、その後それを悲観したのか(はわからないが)父親が自殺し、クリスは叔父さんに引き取られて育ち、叔父さんが倒れたためにクリスが面倒を見ながら酪農をやっているということのようです。

 

獣医のヨハネスがクリスをコペンハーゲンでの講義(2泊だったか…)に一緒に行かないかと誘います。クリスは迷いますが、叔父さんの後押しもあり行くことにします。そして出発の日、作りおきの食事も用意し、必ず携帯を持ち歩くことを言いつけ出掛けていきます。

 

コペンハーゲンでは回転寿司を食べていました。

 

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そして翌日でしょう、まもなく講義が始まります。クリスが電話をしています。叔父さんが出ません。焦るクリス、ヨハネスの妻に見に行ってほしいと頼みます。

 

病院です。ベッドに横たわる叔父さん、心配そうに見守るクリス、叔父さんは何かで滑ったと言っています。マイクがやってきます。クリスはマイクに酒臭いと言っています。マイクは二日酔いのようなことを言っています。

 

これを機にクリスはマイクを拒絶するようになるのでが、これはどういうことかよくわかりません。

 

叔父さんが退院しふたたび以前の生活が戻ってきます。ヨハネスがやってきます。クリスは避けて会おうとしません。借りていた医学の本を車に押し込んでいます。入れ違いに車に戻ったヨハネスは本を見て帰っていきます。

 

マイクがやってきます。クリスはマイクも受け付けなくなっています。突然パンツも下着もおろし四つん這いになります。(多分、やりたいだけならやりないという意味だと思いますが、唐突で気持はよくわからない)マイクはクリスを立ち上がらせ優しく抱きしめます。

 

ラストシーンははっきり記憶していませんが、日常の風景だったと思います。ラストカットはクリスのアップだったか…。

 

もう一度見ますか…。

 

遊び心もあるしセンスもいい

フラレ・ピーダセン監督、この映画が長編2作目ということです。脚本はもちろんのこと、撮影、編集も自分でやっているそうです。

 

この「わたしの叔父さん」は2019年の東京国際でグランプリを受賞しています。

 

あらすじでは書ききれないいろんなことをやっています。センスがとてもいいです。

 

二人の朝食のシーンではテレビからニュースが流れています。そのニュースの内容が意味深です。EUにやってくる難民のニュース、北朝鮮がミサイルを発射したニュース、難民の船が沈没したニュースもあったように思います。トランプとプーチンの話もあったかも。

 

最初に引用した予告編の後半にありますが、ふたりで洗濯物のシーツでしょうか、たたんでいるところで最後にクリスがその洗濯物で叔父さんをポンとしたりします。

 

叔父さんがクリスの誕生日(だったかな)に獣医用の聴診器をプレゼントします。どうしたの?と尋ねるクリスにヨハネスのすきを狙って盗んだと答えます。もちろん冗談でヨハネスに頼んで買ってもらったものです。

 

この映画、音楽もあまり使われていません。が、中盤、クリスとマイクと叔父さんのランチのあとだったかと思いますが、突然イタリア映画かと思うような叙情的な映画音楽っぽい曲が流れます。予告編の中頃から使われている曲です。遊び心を感じる使い方でした。

 

変わらない毎日に見えてもやはり変わっていくのだろう

はたから見ればクリスにとって叔父さんは負担になっていると見えるのでしょう。ヨハネスやマイクはそうとは言いませんが、クリスに今の生活とは違う世界をもたらす存在として登場します。

 

映画のクリスは結果としてそれを拒絶し叔父さんとの今の生活を選択します。それは叔父さんがいるから他の世界へ行けないとも見えますし、クリス自身があえてそれを選択したともいえます。ある種の共依存関係かもしれません。

 

叔父さんが倒れた後のヨハネスやマイクへの対し方はかなり異常にも見えます。叔父さんの死はクリスにとってみれば今の世界の崩壊、喪失の再来を意味するということなんだろうと思います。

 

ただ、クリスにもいずれ今の生活に終りが来ることは分かっています。

 

それが日常というものが持つ不条理ということかもしれません。

 

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