そんなには褒めないよ。映画評

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「パパは奮闘中!」(ネタバレ)パパの奮闘よりもオリヴィエの労働環境の描写が気になる

こんな脳天気な邦題をつけるのは誰だ!? っていう映画です。

今のフランスってこんな状況かい? と怖くなりますし、じゃあ、日本は? と考えざるを得なくなるような、真面目で、深刻で、救いがあるようでないような、極めてシリアスな映画です。

 

パパは奮闘中!

パパは奮闘中! / 監督:ギョーム・セネズ

 

この映画、本当に、ある日突然妻が家出をし、それまで子どもたちのことを妻に任せっきりにしていた夫が、仕事と育児に「奮闘」し、「父と子供たちの愛と絆」を見つめ直す「感動のヒューマンドラマ」なんでしょうか?

 

確かにオリヴィエ(ロマン・デュリス)は、妻ローラがいなくなり、これまで知らなかったローラと子供たちの世界を見ることはあっても、何も知らなかったわけではなく、子供たちが通っている学校も知っていますし、行動パターンがわからず困っているわけでもありません。映画からみえてくるのはオリヴィエには時間がないということだけです。オリヴィエの子どもたちへの愛情は最初から最後まで一貫していますし、ローラへの愛情も最初から最後まで変わりません。さらにいえば、オリヴィエ自身が変わっていくようには描かれていませんし、周りの状況が好転するわけでもありません。

 

本来知るべきであった世界にいきなり放り込まれた男の話ではありますが、一方でその男は、あの過酷な労働環境に置かれています。映画はそれに答えていませんが、あの労働環境であれば、育児や家事に追われるオリヴィエは早い段階で解雇されています。当然これまでのようには働けなくなっているわけですが、それを受け入れて優しさを示すような職場とは思えません。

 

作業効率が悪いからといって50歳代の同僚が突然解雇されます。部門リーダーであるオリヴィエは事前にそのことを上司から聞かされますが何も出来ません。同僚は妻も働いているが自分がクビになったらやっていけない(家のローンが払えないだったか?)と嘆き、自殺未遂を起こします。

 

オリヴィエ自身、ローラとゆっくり話をする時間も取れないくらい働いているように描かれています。ローラが家出するその日、オリヴィエは仕事に追われるような雰囲気でローラからコーヒーをもらい、一言二言話したきりで急いで出勤していきます。それが日常であるように描かれています。

 

ローラもショップの店員として働いています。ローラが家出をしオリヴィエの収入だけでは大変との描写もあります。ローラの家出の理由は語られませんが、精神的に不安定になっており精神科へ2度通院していたとの描写はあります。

 

ローラが家出する前日のシーンが気になります。客がドレスを購入しようとしますがカードが利用停止になっています。ローラはその客に感情移入し涙を流して失神(かな?)します。情緒不安定の表現だとしてもあまりにも貧困といった社会問題に結びつき過ぎています。

 

オリヴィエの職場の話に戻しますと、職場はネット通販の配送センターです。Amazonがあんな感じなんでしょうか、とにかく効率化が極限にまで追求されている感じです。ある時、オリヴィエがセンター内の室温が低く寒くて作業効率が悪いと訴えますと、室温を上げるわけではなく、全員にサンタの帽子を配布するようなところです。

自殺未遂の件の同僚を容赦なく人事評価した上司、その上司もまた突然解雇されます。新しくやってきた上司は理由は知らないと言います。実際知らないのでしょうが、人事評価以外には考えられません。仮に自殺未遂した同僚を同情のあまり解雇していなければ、すでにその時点で解雇されていたでしょう。

 

こうした労働環境の描写がフランスの現実を描いているのかどうかはわかりませんが、ローラの失神シーンのこともあり、私にはむしろこうした労働環境の方が印象に残ります。

 

ラスト、オリヴィエは、より高収入の仕事を選択し、子どもたちを連れてトゥールーズへ引っ越しますが、おそらく母や妹のサポートが得られなくなる分、常時ベビーシッターを雇うことになり、状況は好転しないでしょう。

新しい仕事は労働組合の専従職員です。現在オリヴィエが働いている職場の専従職員は組合活動に希望を見いだせないといって辞めていきます。あえてそれを見せておいて、より高収入とはいえ、妻が戻るべき家を捨ててしまうという選択をさせるわけです。希望があるようなエンディングにしていますが、現実的には良くなる未来はイメージできません。

 

あの子どもたちを含めての多数決も不可解です。子どもたちは母親を求めています。子どもたちにとって家と母親はかなり深いところで結びついていると思われます。トゥールーズへ引っ越すかどうかの投票は2対1です。誰が引っ越しに反対したのか見逃していますが、いずれにしても、少なくともひとりの子供は引っ越すことに賛成しています。なぜ賛成したのか、映画はまったく描いていませんし、そのことに関知していません。

 

この映画に希望を見出すことは難しいんじゃないでしょうか。

 

なんだか最初から批判しているような言葉を書き連ねましたが、その意図はなく、映画としての評価はかなり高いです。ただ、この映画は、監督の意図がそうであるかどうかは別にして、個人の頑張りではもうどうしようもない現実をみせているだけなのではないかと思います。

 

この映画は、その現実なぜ生じているのかをあえて隠しています。

 

ローラの家出の理由もあえて語ろうとしません。情緒不安定なところは見せていますが、ローラがどういう人物であるかさえ見せていませんし、オリヴィエの口からも語られません。

オリヴィエが妻との時間をつくれないことの一つの理由としている労働環境についても、登場するのはすべて労働者で経営者の姿はまったく見えません。姿形の見えないものに否応なく組み込まれている状態を見せているだけです。

 

ただオリヴィエに対してだけは批評的なシーンをあてています。サポートしてくれる母親は、オリヴィエに自分の夫の姿を見て、自分も(家庭から)逃げ出したかったと語ります。

泊りがけで長期にわたって助けてくれた妹に対しては、どうせ暇なんだから、ずっといてくれないかと何の思慮もなく言ってしまいます。妹は俳優なんですが収入には結びついていません。オリヴィエはしつこく収入がなければ仕事じゃない、もう少しいてくれないかと自分以外のものに気がいきません。

 

この映画は、こうしたオリヴィエの身勝手なところや父権主義的なところに対しては批評的に描いています。これが、この映画が、妻がいなくなって初めて子供のことや家庭のことに気づく夫の姿、そして、そのことによって深まる夫(パパ)と子供たちの「愛と絆」という物語になる所以だと思います。

 

しかし、この映画がオリヴィエと子供たちの未来に希望を見ているようには思えないのです。

 

ちなみに原題は「Nos Batailles」、英題は「Our Struggles」、それが「パパは奮闘中!」となってしまうところに何かしら問題はないのだろうかと思います。