人間の時間

食欲、性欲、そして世界は続くの輪廻観

キム・ギドク監督の「人間の時間」です。

結構多作の監督ですが、前回見たのは3年前の「The NET 網に囚われた男」です。それにこの映画もちょうど2年前の2018年2月にベルリンでプレミア上映された映画です。IMDbにもこの映画以降これといったものがリストアップされていません。さすがにネタ切れ気味なのか、あるいは女性俳優への暴行事件(容疑は暴行および強要、強制わいせつ致傷)が影響しているのでしょうか。

人間の時間

人間の時間 / 監督:キム・ギドク

監督本人の意識がどこにあるのかはわかりませんが、たしかに映画には女性に対する暴力的なシーンが多い監督ではあります。

この映画でもイヴ(藤井美菜)が3人の男たちにレイプされます。

ただ、この映画は、その行為により新しい命 = 新人類が生まれるという完全なるファンタジーであり、イヴ自身もその屈辱的な気持ちを言葉では語っても、多分わざとだと思いますが、気持ちを入れて語っておらずさらりと流されています。

キム・ギドク監督のひとつの特徴である概念の単純化、この場合で言えば人間の欲望と暴力性の描写ということです。ただ人間といっても、男の欲望と暴力性なんですけどね。

邦題をなぜ「人間の時間」にしたのかはわかりませんが、原題(英題)は「Human, Space, Time and Human」であり、「人間」「空間」「時間」「そして、人間」とスーパーが入る4章立ての作りになっています。ただ、物語自体は章で分かれているわけではなく最後の4章を除いて切れ目なく続いていきます。

退役軍艦を利用したクルーズ船に、新婚旅行のイヴ(藤井美菜)とタカシ(オダギリジョー)、次期大統領候補の議員(イ・ソンジェ)、その息子のアダム(チャン・グンソク)、ヤクザ(リュ・スンボム)たち、謎の老人(アン・ソンギ)、そして乗務員たちと他の旅行者たちが乗り合わせています。

第一章「人間」

議員たちだけが豪華な食事やいい部屋に宿泊していることをきっかけにして乗客たちとの争いが始まります。ただ、物語はとにかく概念の単純化ですので大した脈絡はありません。ここで焦点があわされているのは人間の欲望、「食欲」と「性欲」です。

あれこれ細かいことはいろいろありますが、とにかく食料の争奪戦と暴行が始まります。女性がレイプされます。

これが人間の本性だと言われますとなんとも嫌な感じにもなりますし、私はそうは思いませんが、それがキム・ギドク監督の人間観なんでしょう。キム・ギドク監督にとっては、人間の性欲は男性から女性に向かう暴力的なものということなんだと思います。

ただ、それでは片手落ちと思ったのか、女性3人の乗客をおいて、彼女たちに娼婦的振る舞いをさせ、性欲が男性だけのものではないという表現もしています。良くも悪くもそういう価値観ということです。

イヴはやくざ、議員、そしてアダムにレイプされます。タカシはあっけなくやくざに殺されてしまいます。友情出演(的?)なんでしょう。

謎の老人が甲板の上の土を刷毛で集めてコップに入れて何やら植物を育てています。卵を二個孵らせひよこを育てています。

キム・ギドク監督の映画をよく見ていればこのあたりでもう先の予想がついてきます。この監督の世界観は「輪廻」です。

第二章「空間」

どこからが第2章だったのか、正直自信がありません(笑)ので間違っているかもしれません。

ある日、クルーズ船が宇宙戦艦ヤマト状態になって宙に浮いています。

クルーズ船の中の権力構造は、支配者としての議員、その取り巻きであり暴力装置としてのやくざ、組織的な反権力である船長と乗務員、そして被支配者の乗客たちというように単純化されています。

乗客たちは不満があれば反抗し、食べ物があれば群がり、最後には互いに殺し合う(ことも辞さない)無知な大衆として描かれます。

船長たちは武器を持って立ち上がります。しかし、それはあくまでも自分たちのためです。権力と言えどもたかが数名、乗客を組織して戦えば勝つことができるかもしれないなどという戦略も立てられない無能さです。

人間たちの争いは激しくなり、人が死ぬことになります。

イヴはしばしば謎の老人を訪ねるようになっています。土が少なく植物が育たないのではないかと尋ねるイヴに、謎の老人は死体を焼いて砕いて土にして植物を植え替えます。

第三章「時間」

物語は切れ目なく続いていますので何をもって「時間」としているのかはよくわかりませんが、あるいは、イヴのお腹の中の子どもの成長のことを指しているのかもしれません。

イヴのお腹は徐々に大きくなってきています。

このあたりのイヴの映画的なポジションがはっきりしていません。お腹の子どもが3人のうちの誰の子だかわからないけれどなんとか(希望みたいな言葉だったかな…)みたいなことを言っていたように思います。

このイヴの位置づけの曖昧さはキム・ギドク監督の価値観が男性性に強く影響されているからだと思います。要は、生物学的(適当だけど)に言えば、女性は種を残すために男性からの求婚(一対一とは限らない)を待つ存在であり、ゆえに男性の性欲は必然であり、女性が男性の性の対象としてしか見えなくなっているということです。簡単に言えばよくわからないから書けないということで、それを一般化してしまえば、それが男性性の権力志向と甘えということになるのだと思います。

話がとんでもない方へいってしまいました(笑)。とにかく、イヴと議員のシーンはありませんし、やくざには一言二言怒りの言葉を浴びせていましたがそれ以上のこともなく、結局、アダムとのシーンが多くなっていきます。

が、このアダムもよくわかりません(笑)。ひとことで言えばシナリオが整理されていません。名前からいけば新世界のペアになるはずなんですが、イヴとともに最後に残る一人の男性となるだけで大した役回りはありません。キャスティングをうまく生かせなかったということでしょう。

クルーズ船の中の争いが激しくなり人がどんどん死んでいきます。あれこれあって、乗客たち、船長と乗員、そしてやくざも議員も争いの中で自滅していきます。

謎の老人が死体の傷口に種を撒き(?)その上に土をかぶせていきます。

残るはイヴとアダムと謎の老人だけです。イヴもアダムもお腹が空いたと嘆きます。謎の老人が自らの肉を二人に与えて消えます。

残るは二人、これで新世界が始まるのかなと思いましたら、何と! イヴとアダムの会話で、お腹が空いたね、食欲? 性欲? どっちが先?(みたいな感じ)とあり、突然アダムがイヴを襲います。

で、どうなりましたっけ? イヴがアダムの耳を噛みちぎり、あれこれあって、イヴがアダムを殺し、その肉を食べていたと思います。

こう書いてきますとかなりエグい映画に感じるかもしれませんがそんなことはなく、クスッと笑ったり、え?と顔をしかめたり、それどうよとツッコミを(心のなかで)入れたりしながら見られます(笑)。

第四章「そして、人間」

クルーズ船には緑が生い茂り、イヴと成長した息子がピクニック気分で何かを食べています。

オイ、オイ、近親相姦しかないんじゃない? と思いましたら、その通りで、息子がイヴの太ももに手を伸ばします。イヴはきりっと息子をにらみつけ逃げていき、映画は終わります。

人類滅亡? でもこんな人類なら滅亡してもいいかなどと思いますが、キム・ギドク監督の頭の中にあるのは、息子はイヴをレイプし、子供が生まれ、さらにレイプしということなんだろうと思います。

それにしても、この映画が初キム・ギドク監督の人がいたとしたら、一体どういう感想を持つんでしょうね(笑)。

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