「モーリタニアン 黒塗りの記録」ネタバレレビュー・あらすじ:権力は真実を黒塗りにする。どの国でも、いつの時代でも。

2021年の今、アメリカが正義の国などと信じている人はいないと思いますが、少なくともこういう映画がつくられる国ではあります。

2011年のアメリカ同時多発テロをうけ、ブッシュ政権が、容疑者の名のもとに法にもとづかない方法によって多数のイスラムを長期拘束し、拷問まで加えて自白を強要していた事実を暴いています。

 

ただし、正確に言いますと製作は英米合作であり、プロデューサーのひとりで出演もしているベネディクト・カンバーバッチさんはイギリス人ですし、監督のケビン・マクドナルドさんもイギリスの方ではあります。

 

それにしても、日本のメジャーな製作会社が具体的な事例でもって政府や政権を批判したり、過去を検証する映画を作ったことってあるのでしょうか。

 

モーリタニアン 黒塗りの記録 / 監督:ケヴィン・マクドナルド

モーリタニアン 黒塗りの記録 / 監督:ケヴィン・マクドナルド

 

 

グアンタナモ

その悪名高き収容所はグアンタナモ湾収容キャンプ、キューバにあるアメリカ軍の基地です。一時は780人も収容されており、現在でも40人ほどが拘束されていると時事通信は伝えています。

 

グアンタナモという言葉(地名)を知ったのがいつであったのかは忘れてしまいましたが、キューバにアメリカの基地? と驚いた記憶はあります。

 

あのキューバ危機のときにもグアンタナモ米軍基地は存在していたわけですので何とも不思議な感じがします。グアンタナモは現在でもアメリカの永久租借地となっており、キューバの現政権がどういう対応をとっているかまではわかりませんが、当然ながらカストロ政権時代には返還を求め続けています。

 

その米軍基地自体は1903年から存在しているのですが、そこにグアンタナモ湾収容キャンプ(Guantanamo Bay detention camp)というアメリカにとっての敵対者を収容拘束する施設が設けられたのはブッシュ政権時代の2002年です。

 

ブッシュ政権は、2001年のアメリカ同時多発テロをうけて、アフガニスタン、そしてイラクへと続けざまに戦争を仕掛けています。そして、それと同時に同盟国の協力を得て、テロの首謀者や協力者と思しき人物を拘束してグアンタナモ湾収容キャンプに長期監禁し続けた(ている)ということです。

 

そのひとりが、アフリカ、モーリタニア出身のモハメドゥ・スラヒさんです。スラヒさんは2001年の11月にモーリタニアで拘束され、翌年グアンタナモに送られて、2016年に釈放(解放?)されるまで15年間拘束されていたということです。

 

そのモハメドゥ・スラヒさんの手記にもとづく映画です。

 

 

ネタバレあらすじ

2001年11月、モハメドゥ・スラヒ拘束される

アメリカ同時多発テロの2ヶ月後の2001年11月、アフリカ中西部の国モーリタニアです。結婚式が行われています。とても賑やかです。モハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)もその一員として参加しています。

 

当地の警察がモハメドゥを任意とは言いつつも強制的に連行していきます。モハメドゥはすきをみて携帯の連絡帳を消去します。心配する母親に、大丈夫、すぐに戻ってくると言い残していきます。

 

正直なところ、モーリタニアという国がアフリカ大陸のどこにあるかも知りませんでした。

 

 

 

弁護士ナンシー・ホランダー弁護依頼を受ける

弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディー・フォスター)は友人(かどうかはよくわからなかった)の弁護士からモハメドゥの存在を知らされ、その母親からの弁護(ちょっと違う)の依頼を受けてほしいと頼まれます。

 

ナンシーはいわゆる人権弁護士ということになるかと思いますが、英語版ウィキペディアによれば、学生時代に「Students for a Democratic Society」の活動で3度逮捕されているとあります。

 

映画では我が道を行くタイプとして描かれており、弁護士事務所のミーティングで他のクライアントとの契約に悪影響があるとの意見も突っぱねていました。

 

ジョディー・フォスターさん、カッコいいですね。髪の毛をシルバーグレイに染めていました。こういう役は適役ですね。

 

アラビア語とフランス語が話せるということで、アシスタントにテリー・ダンカン(シャイリーン・ウッドリー)がつきます。

 

ナンシー、モハメドゥに面会する

ナンシーはグアンタナモに向かいます。

 

収容所のシーンはてらいのないシンプルな演出で逆に現実的な緊迫感がありました。ケヴィン・マクドナルド監督がドキュメンタリーを数多く手掛けているということもあるのでしょう。

 

モハメドゥの容疑は、ビンラディン(の電話)からの着信記録があることや実行犯を泊めていることからテロ実行犯のリクルーターであるとされています。

 

ナンシーはモハメドゥに契約書(委任状かな)へのサインを求め、モハメドゥはサインします。しかし、モハメドゥはここでは危険で何も話せないと言います。ナンシーは手記のように文書に書き封をして送るように言います。

 

この一連のシーンですが、モハメドゥが余裕あり過ぎじゃないかととても気になりました。すでに4年ほど拘束され、後にわかることですが特殊尋問という拷問まで受けているわけですので、映画的にはかなり不自然な感じではあります。それに、テリーに色目を使うカットまであります。

笑顔で返すテリーの演出は後々への伏線でしょう。つまり、後にモハメドゥが自白調書にサインしていることがわかったときに、テリーが犯罪者を弁護はできないと直情的に興奮するという弁護士としての未熟さを見せるシーンとつながっています。

それに対してナンシーには常に依頼人との距離を保つ演出がされています。

 

検察官、スチュアート・カウチ中佐

この映画、わりとモハメドゥ・スラヒさんの手記に忠実に作られているように感じます。裁判に至る検察や弁護人の証拠調べや調査のシーンがほとんどありませんし、法廷のシーンもかなり雑に感じます。そもそも何が争われているかもはっきりしません。

 

検察官でいいのかどうかわかりませんが、モハメドゥを起訴する側として軍人のスチュアート・カウチ中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)が登場します。上官からモハメドゥを死刑にするのが至上命題だと命じられます。

 

つまり、テロ行為についての起訴ということになると思います。しかし、映画の中の法廷ではそもそもモハメドゥの拘束が違法行為であり、更に拷問まで加えられていたということが争点になっています。

 

スチュアートはハイジャックされた飛行機の副操縦士が親友であったこともあり、必ず死刑にすると意気込んでいます。

 

黒塗りの報告書

ナンシーは政府(軍部かも)に報告書(取り調べのだと思う)の開示を求めます。しかし、開示された資料は真っ黒に塗りつぶされています。

 

同じ頃、スチュアートも起訴準備のために報告書を調べ始めますが同じように黒塗りされたものしか見られません。

 

さすがにこれはないでしょう。

 

とにかく、スチュアートは報告書の中に知り合いのニールの名前を見つけ問いただします。しかし、機密事項だと取り合ってくれません。

 

モハメドゥの自白と特殊尋問

ナンシーは報告書の強制開示請求を申し立て、裁判所の提出命令を勝ち取ります。

 

開示されたモハメドゥに関する報告書を読むナンシーとテリー、なんと、そこにはモハメドゥのサインがある自白調書があったのです。

 

これ、実際にどうであったかはわかりませんが、論理的に考えますと辻褄が合いません。この自白調書は起訴する側のスチュワートにまで明らかにされていないわけですので、軍部には証拠として提出できないものとわかっていることになります。じゃあ、なぜ拷問してまで自白させようとしたのかに理由がなくなってしまいます。

 

拷問がなかったと言っているわけではありません。拷問があったことは想像に難くないのですが、映画のこの流れには不自然さがあるという意味です。

 

とにかく、自白調書を読んだテリーは犯罪者を弁護できないと興奮します。ナンシーはテリーを担当から外します。そして、モハメドゥに面会し、真実を話さなければ弁護できないと言い渡します。

 

同じ頃、スチュワートもニールから隠された報告書をみせられます。そこには、取り調べに特殊尋問(拷問)を許可するとのラムズフェルド国防長官の命令があり、その特殊尋問の詳細が記されていたのです。

 

後日、ナンシーのもとにモハメドゥの手記が届き、そこにもモハメドゥ自身が受けた拷問の数々が詳細に記されています。

 

映画では、モハメドゥが拷問される映像がスタンダードサイズで描かれています。何日も不自然な姿勢のまま拘束したり、光や大音量の音で何日間も眠らせないようにしたり、暴行、水責め、性的虐待、そして、母親を連行しレイプさせるなどと脅す精神的暴行が繰り返されます。

 

裁判とその後

事実を知ったスチュアートは自ら任務からおります。

 

そして裁判、モハメドゥは収容所からの中継映像で発言する機会を与えられ、「自分はアメリカのものを見て育ってきた。アメリカに憧れている。自分の国の法律はクソだが、アメリカでは法律が守ってくれるものと信じている(というような内容)」と訴えます。

 

その後の経緯がスーパーで流れます。

 

モハメドゥは勝訴しますが、アメリカ政府(かな?)が上告し、更に拘束は続き、やっと2016年10月に釈放されます。モーリタニアに戻り、アメリカ人弁護士と結婚し息子も生まれ、現在は家族で暮らせる受け入れ先の国を探しているということです。どういう意味かはわかりません。

 

釈放される前の2015年に手記を出版、そこにも黒塗りの箇所があるとのことですが読んでいませんのでどういう意味かはわかりません。

 

現在のグアンタナモ

ウィキペディアに時系列で詳しく書かれています。

 

Camp x-ray detainees
Shane T. McCoy, U.S. Navy, Public domain, via Wikimedia Commons 

 

2009年にオバマ大統領が1年以内の閉鎖を命じていますが、現在も閉鎖はされておらず40人(2018年)が収容されているとあります。バイデン大統領は閉鎖を目指していると述べているそうです。

 

ウィキペディアには、解放された収容者でテロ支援活動に復帰しているものがいるとの記載もあります。

 

要は法律の及ばないグアンタナモで法律の及ばない方法で拘束していることが問題ということだと思います。

 

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