護られなかった者たちへ

残念、佐藤健、阿部寛の共演生かされず

このところ続けざまに日本映画の社会派ドラマ(と言われる映画)を見ていますので、それが自ら望んだものであるとはいえ、やや食傷気味のところへ、さらにこの「護られなかった者たちへ」です(笑)。

ただ、佐藤健さんと阿部寛さんの共演ということで俳優力で見せる映画だろうと期待は大なのですが、さて…

護られなかった者たちへ

護られなかった者たちへ / 監督:瀬々敬久

俳優の役目が煮えきらず

いきなり否定的なことで申し訳ないのですが、全体として散漫な印象は免れず、それを書いていくことになりそうです。

まず、ふたりの俳優力が生かされていません。

佐藤健さんは連続殺人事件の容疑者利根泰久役、その事件を追う刑事笘篠誠一郎が阿部寛さんという映画です。

映画はその役目、容疑者と刑事との関係を最初から明らかにしたまま始まり、そのまま8割方までダラダラと(ペコリ)続きます。そしてラストに、実は犯人は…という映画のつくりになっています。

そのためなんでしょう、佐藤健さんは一貫して容疑者らしい振る舞いのシーンばかりになっています。一方の阿部寛さんは、刑事として事件を解明していくシーンはほとんどなく、東日本大震災で妻子を失った悲しみばかりが強調されています。

本来、こうしたミステリー系のドラマであれば、刑事の捜査によって容疑者の過去が明らかにされていかなくてはいけないのですが、この映画では、利根の過去が捜査とは関係なく、単純に映画的処理として編集で現在軸と交互に挿入されて明らかにされていきます。

そうしたことからでしょう、映画は物語としても煮詰まらず、ふたりの役目も煮詰まらず、結果として映画8割方までダラダラしたものに感じられるということになります。

思い切って、実は犯人は誰々だったとの大ドンデン返しで作るべき物語であったかもしれません。その感じはあるのですが、結果として、それまでの8割方がつまらないです。

震災を事件の背景にしているだけでは…

この映画の基本プロットは、全身縛られたまま放置され餓死させらるという殺人事件が続けて発生し、その被害者がともに福祉事務所の職員であることから、生活保護費受給に関して恨みを持つ者の犯行ではないかということで、過去になにがあったのを明かしていくというものです。

言うまでもなく生活保護費を受給するという理由は貧困ですので、貧困自体が特殊なものでもなくなった現在であれば、もうこれだけで物語は成立します。実際、遠島けい(倍賞美津子)の貧困の原因はかなり曖昧です。遠島けいがどういう人物であるかについては多くが語られませんのでわかりませんが、たとえ東日本大震災がなくても貧困に陥っていたとも考えられます。

この基本プロットの背景には、もちろん原作のものではあるのでしょうが、震災というものがとても大きなものとして存在しているように描かれています。

登場人物は皆被災者です。遠島けいが身内を亡くしているかどうかは語られていなかったと思いますが、家屋は半壊(全壊認定かも?)しており、現実問題として生活再建は難しいでしょう。利根泰久(佐藤健)は身一つですが職を失っています。カンちゃんは両親(か母親か?)を亡くしています。

さらに刑事の笘篠誠一郎(阿部寛)も妻子を亡くしており、映画の冒頭の被災当時のシーンでは、その笘篠が利根やカンちゃんと遭遇する場面まであります。笘篠が妻子の幻を見るシーンまであります。

といったことから、シーンとしても被災した町の風景が頻繁に登場し、殺人がおこなわれる場所も震災によって廃墟になっている家屋であるがゆえに誰にも発見されずに餓死させることが可能になったという設定です。

整理しますと、この映画は、遠島けいに生活保護費を受給せず餓死させた行政への恨みの源に、震災によって家族を失った者同士の、それがゆえに逆に強い絆によって結ばれることになった疑似家族を作り出しています。果たして映画にその説得力があるかということです。

この映画に東日本大震災は必要なものなのかということ、そして、ラストシーンで利根と笘篠が語り合い、認め合い、許し合うことは、殺人にまで至った生活保護受給の問題とどう関わっているのかがひとつの物語として交わっていないということです。

登場人物の多さが生きていない

この相関図を見ますと壮大な物語を想像しますが、実際には三人と保健福祉センターの三人だけの物語です。

刑事の笘篠でさえ、すでに映画が利根の過去として語っていることを後追いしているだけです。ましてや、捜査自体が何かを明らかにしていくわけではありませんので、蓮田(林遣都)など他の刑事は台詞が尖っているだけにかえって邪魔に感じられます。

カンちゃんには伯父さんがいて、被災現場ではかなり興奮したシーンがありましたが、その後あの伯父さんはどこへ行っちゃったんでしょう?

そう言えば、利根が突然配給品を取ろうとして皆に押さえつけられ、泥水に浸かりながら叫ぶシーンがありましたが、あれはカンちゃんが取るべきパンを誰かが持っていってしまったからのようにも見えましたが、なんだか中途半端に放っておかれていました。

カンちゃんはその後養護施設(民間?)に入り、養子縁組して丸山幹子(清原果耶)となるわけですが、利根はそれを知らなかったらしくカンちゃんの居所を探すシーンがあります。そして、施設の春子(原日出子)を訪ねます。その時春子が誰かに電話するシーンが意味有りげに入っていましたが、春子はどこへ電話していたのでしょう? これも放っておかれていました。

最初の被害者である福祉事務所の職員三雲(永山瑛太)の悪意をにじませた演技も腑に落ちません。あれは本人の意志ではなく演出意図だと思いますが、映画の流れの中では浮いたままです。次に殺される城之内(緒方直人)も恨まれる何をしたのかのシーンがありません。そして、最後に狙われる上崎(吉岡秀隆)にいたっては丁寧に対応していたシーンしかなかったように思います。

カンちゃんであり丸山幹子の行為が逆恨みでなく見せなくてはいけない映画だと思いますが、震災にとらわれすぎて肝心の物語がおろそかになってしまっています。

とにかく、皆わけありに登場させておきながら回収できていない感じです。

ネタバレあらすじ

仙台市若葉区保健福祉センターの三雲忠勝(永山瑛太)が監禁され餓死した状態で発見されます。直ちに殺人事件として捜査本部がおかれ、笘篠誠一郎(阿部寛)も捜査員として加わります。

すでに書きましたように、その捜査によって(だけ)ではなく、映画が次のことを明らかにしてくれます。

利根とカンちゃんとけいさんの過去

10年前の東日本大震災で被災した遠島けい(倍賞美津子)と利根泰久(佐藤健)とカンちゃんが避難所で出会います。利根は水産会社で働いていたと言い、職場も流され全て失い、カンちゃんは伯父と一緒ではありますが、両親を亡くし、けいさんは家屋が崩壊しています。

けいさんは壊れていても避難所よりも自宅がいいと家に戻り、利根やカンちゃんは一緒に暮らし始めます(かどうかははっきり描かれていない)。

利根は関東の方で職が見つかりそちらへ移っていきます。

数年後、利根が戻りますと、けいさんの生活が困窮しています。かんちゃん(清原果耶)は高校生になっています。利根とかんちゃんは、嫌がるけいさんを説得し生活保護費受給の申請をさせます。その時点で利根は職場に戻ったのでしょう。

そして、次に利根が戻ったとき、けいさんは餓死しています。福祉保険事務所の職員がけいさんに受給を辞退させたと知った利根は事務所に放火し、逮捕され、服役します。

そして現在、2つの殺人事件

そして震災から10年後、放火から数年後(かな?)、利根が出所します。

冒頭に書いた殺人事件が起きます。笘篠たちの捜査は、生活保護費受給のトラブルが絡んでいると目星をつけ、若葉区保健福祉センターへ聞き込みに入り、丸山幹子(清原果耶)を知ります。

そしてふたつ目の殺人事件が起きます。過去の放火事件から利根が重要な容疑者として浮かびます。

あらためて整理しますと、本当に適当な組み立てで物語ができています。利根は逮捕されて服役しているわけですから被害者の経歴を調べればすぐに利根が捜査線上に浮かぶはずです。

それに、けいさんが生活保護費受給を辞退したことを丸山幹子が知らないはずはなく、当然利根に知らせるはずですから餓死にまで至るというのも腑に落ちません。

利根、カンちゃん(丸山幹子)と再会する

時系列も適当ですのでどの時点かわかりませんが、利根がカンちゃんである丸山幹子の職場を探し出し、青葉区保健福祉センターを訪ねます。

この時、映画は丸山に「泰久にいちゃん、もうやめたほうがいいよ」と言わせています。利根はやっていないわけですから、まず間違いなくカンちゃんである丸山が殺人を犯していると考えているはずですし、丸山もそれを感じていると思われます。

それなのにこのせりふをいわせるあざとさ! 映画の質を数段下げる台詞ですね。

とにかく、この時点では笘篠たちは利根を追っています。そして次に狙われるのは上崎岳大(吉岡秀隆)だろうと周辺を張っていますと利根が現れ、あっけなく逮捕されてしまいます。

ん? これ、利根は何をしようとしたんでしょう? ああ、わざと捕まろうとしたということですね。

そして最終章

ということで、利根は2つの殺人を自白し一見落着かということですが、笘篠は利根が何かを隠していると利根を尋問します。(ここどういう流れか忘れましたが)その時、上崎の行方がわからなくなっているとの情報がもたらされ、丸山が上崎を狙っているとの判断から利根を伴って遠島けいの元住まいに行きます。そこでは丸山が上崎を拉致してします。

丸山を説得する利根、利根はけいさんが生活保護を辞退したわけを丸山に語ります。けいさんには娘がいて、その娘に自分が生活保護を受けようとしていることを知られたくないからだったと話します。丸山の緊張が緩んだすきに笘篠が上崎を救い出します。丸山は自分の首元にナイフを突き立てます。

丸山は一命をとりとめます。笘篠と利根は海辺で震災について語ります。利根は津波が押し寄せた時、自分の目の前で黄色い上着を着た少年が津波にさらわれるところを目撃したが、怖くて飛び込めなかったと語り、自分は守るべき人を守れなかったと語ります。笘篠がなくした息子は黄色い上着を着ていたのです。ただ、その少年が笘篠の息子であるかどうかはわかりません。

生活保護の扶養照会に絞っていれば…

原作があるわけですからそういうわけにもいかないのでしょうが、この物語を生活保護費受給の扶養照会の非人道性に絞っていればもっとすっきりした映画になっていたように思います。

あるいは、刑事の笘篠が震災の被災者であることから外してしまえば震災によって生まれてしまう貧困というテーマももっと明確にできたのではないかとも思います。

いずれにしても、話を広げすぎているのに、結局殺人事件の犯人のドンデン返しでしか物語を構築できなかったことに問題がある映画ということでしょう。