「最後の決闘裁判」ネタバレレビュー・あらすじ:14世紀フランスのレイプ事件、すべては男のため

1386年のフランスで実際にあった騎士の決闘にまつわる映画です。

また地味な話だなあと思いながらも、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ジョディ・カマー(よく知らない)、ベン・アフレック、それに監督がリドリー・スコットということならば見てみなくっちゃということです。

 

時代背景は中世ヨーロッパでも、実に現代的な話でした。

 

最後の決闘裁判

最後の決闘裁判 / 監督:リドリー・スコット

 

 

男の権力争いの中のマルグリット

騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリット・ド・カルージュ(ジョディ・カマー)が従騎士ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)にレイプされ、マルグリッドがその事実を訴えたことから、ジョンとジャックが国王シャルル6世の前で決闘するという話です。

 

この決闘自体は実際にあったことらしく、フランスの歴史の中では、決闘は裁判の最終的な手続きのひとつだったこともあり、この決闘が法的に認められた最後のものだったということです。ですので、原題は「最後の決闘(The Last Duel)」だけですが、邦題では説明的に「最後の決闘裁判」となっているのでしょう。「最後の決闘」じゃ、マカロニウェスタンになっちゃうからかもしれません(ペコリ)。

 

この時代、フランスとイギリスの百年戦争の時代ですので戦争シーンもあります。事件の背景として、ジャンとジャックが従騎士同士の戦友(親友じゃない)である(あった)こととか、ジャンが貴族のアランソン伯爵ピエール(ベン・アフレック)に嫌われており、逆にジャックが重用されていることなどがあります。

 

シーン構成としてはそうした男の権力争いが割と多く占めているのですが、実は、と言いますか、そうじゃなかったらこんな映画撮らないとは思いますが、結局のところはこの映画、マルグリッドの映画です。

 

その意味で現代的ということです。

 

三人の視点とは言えない

映画はこれだけの話なんですが、それが153分にもなっているのは、同じ時間軸が3回繰り返されるからです。ジャン、ジャック、マルグリッドの三人の名前による誰々の真実とスーパーで入り、三部構成で同じ時間軸が少しずつ違って描かれます。

 

ただ、それをもって三人の視点で描かれているというわけではありません。

 

基本的に映画の視点は最後まで一貫しています。ごく一般的な第三者視点です。たしかに一部に同じ場面のシーン違いというのはありますが、各パートに三人それぞれの意識が反映されているわけではなく、同じシーンでありながらジャンのパートでは使われていないカットがマルグリッドのパートで使われているといった作り方です。

 

実際、ジャンのパートとジャックのパートはほとんど同じようなものです。どちらのパートでもジャンはまったく変わりませんし、ジャックのパートの方では、当然ジャックのシーンが多くなりますのでジャンのパートではわからなかったジャックの顔が見えるようになるだけです。

 

別に三人にこだわらなくても、男と女の視点でよかったのではないかと思います。そもそもそれがテーマのひとつなんでしょうから。

 

この構造は明らかに黒澤明監督の「羅生門」からのものです。それに強姦、決闘という事件そのものにもかなり近いものを感じます。ジェイガー・ エリック著『最後の決闘裁判』という原作のある映画ですが、構想の最初から「羅生門」がマット・デイモンの頭にあったのかもしれません。ああ、この映画の発端がマット・デイモンにあるような記事を読んだのでそう思っただけで、誰であるかは間違っているかもしれません。

 

ところで、映画の「羅生門」の原作は『羅生門』ではなく『藪の中』ですので念の為。

 

 

マルグリットの死をかけた訴え

映画の中で語られていたことで裏はとっていませんが、14世紀のフランスでもレイプは重罪だったそうです。ただ、それは女性への犯罪ではなく、既婚であれば夫への名誉毀損ということです。女性が男の所有物であった時代ということです。未婚であれば、家父長の名誉に対するということなんでしょう。

 

さすがにこの価値観は現代のものではありませんが、それ以外の点ではかなり現代の状況が反映された映画です。

 

ジャックはマルグリッドをレイプした後、誰にもいうな、言えば夫に殺されるぞと脅して去っていきます。

 

その後のマルグリッドの苦悩や葛藤が全く描かれていませんが、って、本当はここを描けばもっと深い映画になったんですが、まあそれでもとにかくマルグリッドはジャンに、実に淡々と打ち明けます。

 

カッと血が上ったジャンは、一旦はマルグリッドの首を絞め罵りますが、それでも即座に訴え出ることを選びます。

 

ジャックは否定し、決闘となります。決闘の勝敗は神の選択という時代ですので、つまりは真実であるほうが勝つということです。いや、勝ったほうが神に選ばれたということになりますので真実だということでしょう。

 

負ければ嘘つき、男の方は決闘で死んでいるわけですが、妻の方は嘘を言ったとして、裸にされ、生きたまま焼き殺されるということのようです。

 

マルグリッドは自らの死をも賭して訴えたということになります。

 

ちょっと気になるのは、2シーンほど、マルグリッドがジャンに決闘など望んでいなかったようなことを訴えるシーンがあり、どういう意味合いなのかはちょっとシーンの意図をはかりかねます。

 

レイプ事件の男の眼

決闘の前には国王の前で裁判が行われます。

 

マルグリッドには好奇の目が注がれ、マルグリッドの方から誘ったのではないかとか、快感を感じたのではないかとか屈辱的な言葉が尋問官から投げつけられます。

 

もちろん現代よりもはるかに男社会ですので裁判官は皆男たちです。

 

レイプ事件の女の眼

マルグリッドは女友達と町に出掛けたときに、ジャックを見かけ、ハンサムな男だと他愛もない会話をしています。

 

その女友達がそのことを証言します。時代が時代ですので、それだけでジャンがキレて怒鳴ったり、マルグリッド自身の訴えが疑われたりするわけですが、これもかなり現代的な描き方で、いわゆる「女の敵は女」といった、これでさえ実は男社会が生み出した虚妄の刷り込みなんですが、そんな女性を登場させています。

 

ジャンの母親がマルグリッドに言います。私もレイプされたことがあると。つまり、マルグリッドに自分の心のうちにとどめておけば波風は立たないと責めているわけです。

 

それに対してマルグリッドは、セリフは忘れましたが、きっぱりと拒絶していました。

 

決闘の結果

ジャンのパートの最初にあった戦闘シーンもそうですが、決闘のシーンはかなり迫力があります。ただ、ちょっとくどいです。

 

で、結局、決闘はジャンが勝って終わります。

 

その決闘場内に櫓のようなものが築かれ、マルグリッドはそこに足枷をされて拘束されているわけですが、ジャンの勝利でそれも解かれ、ふたりは抱擁し、ジャンは国王以下まわりの貴族や聖職者たちに誇らしげに礼をして回ります。

 

その時のマルグリッドの表情の意味が分かりづらいのですが、想像するならば、ジャックを含めたすべての人間に、そして夫に対してさえ不信の気持ちが生まれているのだと思います。

 

まとめ

率直言って出来はよくありません。

 

すでに書いたように三部構成も意味がありません。三人の視点で描けていません。シナリオがよくないのでしょう。

 

時代性のリアリティを考慮したのか、マルグリッドの存在や主張が中途半端です。あの時代に騎士の妻がレイプ犯罪を訴えることの心理的リアリティが描かれていません。もっとマルグリットのシーンを多くすべきです。それをしないのであれば、単なる時代ものの決闘映画として撮るべきです。

 

結局、時代ものに対する男のロマンティシズムに #MeTooを加えてみましたといった映画に終わっています。