ジャスト 6.5 闘いの証

「おしん」の国のクライム映画、イラン・ノワールとなるか…

最後まで飽きることなく集中して見られる映画なんですが、でも結局、見終えてなんと評すべきか迷うような映画です。

基本的には、警察と麻薬密売組織の戦いを描いたクライム映画ですのでアクションシーンもありますし、サスペンスっぽいところもあります。でもなにか違うんですよね。言うなればまったく価値観の違うところに放り込まれたような感じがするのです(笑)。

ジャスト6.5 闘いの証

ジャスト6.5 闘いの証 / 監督:サイード・ルスタイ

基本はエンターテイメント

麻薬密売組織とは書きましたが、組織などという統率の取れたものでもなく、仲間と言うほどの信頼関係もない、単に損得と恫喝で成り立っている集団です。また謎の男として登場する麻薬王ナセルも捕まってみれば家族思いのお兄ちゃんで、逮捕後も特別扱いなどされることなく他の常習犯たちと同じ拘置所に放り込まれます。

それにこの映画、一体どういう法秩序なんだと驚かされます(笑)。

イランの法秩序がこの映画通りということはないのでしょうが、刑事サマドは独りよがりで聞く耳も持たず捜査は強引です。裏を取るとかの客観的合理的な捜査をするシーンはまったくありません。

ただ、結果として捜査に誤りはなく、麻薬の買い手であるホームレスの常習者たちの証言から売人を捕まえ、その証言からナセルの元妻を見つけ出し、その証言からナセルのペントハウス(高級マンション)を突き止めて逮捕するという完璧さです。一応調書なんて言葉も出てきますし、これだけの証拠があると言いたげに書庫からファイルをバンバンと机に放り投げるシーンもあります。

ですので、おそらく客観的合理的な捜査は省略しているだけで、それもひとつの映画的手法なんだろうとは思います。その点では、この映画はエンターテイメントです。

拘束された麻薬常習者たちはギュウギュウ詰めの拘置所に放り込まれます。まさしく立錐の余地もない状態です。全員裸になれとか、頭をかきむしれとか、それをやったからといってなにか調べるわけでもないことをやらされています(笑)。

現代的な人権などありません。ただ、常習者たちもそうした扱いに訴えてやるとか言っていますので、やはりこれもあの群衆シーンを見せようとしている意味のエンターテイメントなんでしょう。

司法制度にも驚かされます。ひとりの裁判官が全権を握っているかのようです。証拠はすべて証言のみで進みます。裁判官の前で被告と刑事が並んで言い合ったりします。被告の弁護士がいるときもありますが何も言いません。

被告であるナセルが裁判官の前で麻薬が8キロあったのに6キロしかないから刑事のサマドがくすねたと言えば、その場でサマドは拘束されてしまいます。サマドは無実を証明しなくてはならなくなります。証拠主義ではなく証言主義です。それも裏付けがなくても言ったが勝ちです。

結局、サマドは監視カメラの映像を裁判官に見せて拘束を解かれます。これもサスペンス風味を加えるためのものでしょう。

で、結局ナセルは死刑になります。

これも正規の手続きが映画の中では省略されているようでもあり、弁護士は死刑の判決後に控訴したが却下されたと言っています。

終盤は社会派ドラマ へ?

ナセルに死刑判決が下りてからは映画は一転して社会派の様相を呈し始めます。

裁判官から、麻薬密売の利益で手にしたものはすべて没収されると言い渡されたナセルは、涙ながらになぜ自分がこの道に入ったかを訴えます。

子どもの頃は人がすれ違えないほど狭い路地の奥のスラムに家族◯人(忘れた)で住んでいた。そこから抜け出すために一生懸命稼ぎ、家族の誰々(はっきりしない)をカナダに留学させ、やっと両親にも楽をさせることができた。自分が死刑になるのは仕方ないが、家族をあそこへ戻すことはやめてくれ、と。

死刑判決が下り、家族一同(10人近くいた?)が面会に来ます。皆悲しんでいます。ナセルは甥(10歳くらい)に体操教室へは行っているかと尋ね、甥が行っていると答えますと、ここで見せてくれと言います。甥の母親がこの服装ではできないと言いますと、ナセルは服を脱いで見せてくれと懇願します。甥はパンツ一丁になり側転、バク転から逆立ちをやってみせます。やがてナセルは看守に連れられて行ってしまい、家族たちも面会室を出ていきます。裸のままひとり残された甥が衣服を抱えて後を追います。

笑っていいところだとは思いますが、笑えませんよね。こういうコメディパターンのシーンが2,3箇所ありますが、どういう意図かはわかりません。

ナセルの絞首刑の場面はかなり残忍なシーンです。

そしてラストシーン、サマドが一線を退き内勤に移ると怒っています。

俺が警察に入ったころに麻薬中毒者は100万人だったが、長年にわたって逮捕して刑を執行しつづけたあげく,今じゃ650万人だ!
Cinema Art Online [シネマアートオンライン

タイトルの「ジャスト6.5」はこの数字から来ているそうです。6.5million ということなんでしょうが、現実を反映した数字なんでしょうか、どうなんでしょう?

台詞の多さに驚かされる 

とにかくサマドにしてもナセルにしてもよく喋ります。感情をもろにぶつけ合うといった感じでとにかく口角泡を飛ばす勢いで言い合います。

特にサマドはほぼ全編出ずっぱりで、なおかつ喋りまくっていますのでセリフ量は相当なもんでしょう。ただ、多いと言っても会話劇ではありませんので台詞によってドラマが重層的に展開していくとかそういうことでなく、とにかく言い放っている感じです。

最初に何だこれ?と感じたのが、まず映画の冒頭には刑事と売人の追跡劇、そしてスラム街の一斉摘発というアクション映画っぽいシーンが続き、その後だったと思いますが、サマドと同僚の刑事ハミドが車の中でよくわかんないことで言い争っているようなシーンがあります。

何を興奮しているんだろうという感じではあるのですが、その話の中でサマドは過去に麻薬を紛失したことがあり今も定期的にどこか(裁判所?)に出頭していることやハミドの方は麻薬絡みで何者かに自分の子供を誘拐され殺されていることが語られます。

ふたりの喧嘩腰の言い合いでふたりの過去を説明しているということです。ただ、このふたりの過去が映画の中で有効に使われることはありません。

この映画、半分以上は警察内のシーンで、そこでもサマド対ハミド、サマド対売人、そしてサマド対ナセルの会話(言い合い)劇であるかのように台詞が乱射されています。

というように台詞が乱射されるアクション映画のようです(笑)。

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

もうほとんどあらすじを書いてしまいましたので簡潔に書きます。

サマド(ペイマン・モアディ)をチーフとした麻薬取締班が売人の家を急襲します。逃げた売人を同僚のハミドが追います。売人はフェンスを乗り越えます。しかしそこは工事現場の穴です。ブルドーザーが埋めるために土を穴に落とし込みます。生き埋めです。

タイトルが入り、次に麻薬取締班はホームレスの住処を襲い麻薬常習犯を片っ端から拘束し収監してしまいます。

このシーン、イスラムの男女観なんでしょう、男たちは皆グダグダで、中にはラリっている者もいますが、女たちは家事をやっています。取締班が来ても逃げ回るのは男ばかりです。女たちは?と思っていましたら、土管(住まい)の中で数人が麻薬をやっているワンカットが挿入されていました。

それに、その後の捜索シーンでも必ずひとり黒のチャドルを身に着けた女性(警官?)がついており、女性を取り調べるシーンはその女性がやるようです。男性刑事が女性に触れたり、取り調べたりするシーンはなかったと思います。

サマドたちは別の売人の家を捜索します。夫は出掛けており、妻と子どもがなんのことかわからないと泣き叫びます。夫が戻ってきますがブツは出てきません。サマドたちが引き上げようとしたとき、麻薬犬が妻に突進していき吠えて離れません。妻が身体のどこかに隠しているのです。ここで上に書いた女性が別室で調べようとするカットがあります。

逮捕した売人の証言からナセルという謎めいた男が浮上しますが、間にさらに売人が入っているために素性どころか顔もわかりません。その中間売人も明日出国して日本に向かうということです。

ナセルは空港でその売人と仲間を逮捕します。

本当とも嘘ともつかない証言で行動しますが、はずれはありません(笑)。空港での逮捕なんて、デブが3人そろえば悪党に決まっていると言って3人をX線にかけていました。麻薬を飲み込んでいるということです。麻薬をお腹に入れているからあんなに太っている? それはないよね…。

麻薬を飲み込んで運ぶということからは「そして、ひと粒のひかり」を思い出します。いい映画でした。ぜひご覧ください。

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映画に戻ります。その売人もすぐに吐きます。自分の姪がナセルの婚約者だと言います。すぐにその姪がサマドの尋問を受けるシーンになり、ナセルの住まいもすぐにわかります。

不思議とそんなに簡単にわかっていいの?とは感じません。サマドの強引な捜査の勢いというのもあるのですが、このシーンでもナセルの婚約者(元妻かも?)の話が面白いのです。その婚約者に別れた理由を聞きますと、ナセルが奇妙だというんです。たしかに奇妙なんですが、ナセルは靴を履いたまま寝るというのです。おそらく映画は犯罪者の強迫観念を言っていると思われるのですが、そうした神妙な感じではなく、なんとなく笑えてしまうようなニュアンスがあるのです。あの女性の雰囲気からでしょうか。

とにかく、ナセルの住まいを急襲します。かなり長く探し回る描写があり、どんだけ広い家なんだと思っていましたら、プールの縁にもたれかかったナセルが見つかります。昏睡状態です。まわりには睡眠薬の空ケースが散乱しています。

これも意表を突かれすぎて疑問も起きません。こういうところで映画が単なるエンターテイメントではないような雰囲気が生まれるのでしょう。実際、最後にはナセルはあのまま死なせてくれればよかったとサマドにぼやいていました。

後半は、上にも書いたサマドとナセルの買収話も含めた駆け引きや拘置所内の密集状態の中でナセルが弟(かな?)に電話をして自分をここから早く出せ!と命じたりするシーンが続きます。

正直、一体この映画はどこに向かっているんだ?みたいな気もしてきます。

ナセルが電話を出来るのは携帯電話をお尻に突っ込んで持ち込んだ者がいるということで、このシーンでも臭い云々でそうと知らしめており、笑えないけど笑えるシーンです。

ナセルはその電話で、ジャポネに何とかさせろ!とかしきりにジャポネに連絡を取れと弟に指示していましたがどういう人物なのか(私には)よく理解できていません。インタビューではペルシャ語のジャポネという言葉の響きがいいからと言っていますが、日本と取引がある人物ということなんでしょう。

そのジャポネという人物のアジトだったんだと思いますが、サマドたちがナセルを連れて捜索に向かうシーンがあります。このあたりも物語的にはかなり曖昧なんですが、そのアジトは爆発してしまいます。自爆したということなんでしょうか。

それにそのアジトの前にはナセルの弟が乗った車が停まっており、ナセルを逃がすためになにか仕組んでいるのかなと思って見ていても何もせず、爆発が起きるとナセルが待て!と叫んでも車で去ってしまいます。

それにもうひとつ、ナセルが手錠で扉に拘束された状態になっている足元にボルトカッター(金属を切断するやつ)が落ちており、ナセルは足で引き寄せようとしますが届かないというシーンがあります。それだけです。普通もっと引っ張ってなにかやるでしょう(笑)。

見ているときはどんどん進みますのであまり気になることはありませんが、思い返してみますと、振りは多いのに回収されていないことがいっぱいです。

ということで、終盤は上に書いたように社会派ドラマのようになっていき、裁判官とのシーンで財産が没収されることになり、死刑が確定して執行され、ラストシーンはサマドが嘆くシーンで終わります。

「おしん」の国のクライム映画、イラン・ノワールを狙うか…

という、やっていることの全体像に取り立てて新鮮なところはないのですが、細部においてなんとなく不思議な感じのする、つまり価値観の違いみたいなものを感じさせる映画だということです。

で、見ながらふと浮かんだのが「おしん」で、ナセルが家族への情をとうとうと語るところなど、ああ「おしん」が大ヒットした国だったなあなどと不思議な感慨に浸ったのです。

ノワールというには情感が足りませんが、「おしん」の国のクライム映画というちょっと不思議な映画でした。

別離 (字幕版)

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