「ちいさな独裁者」(DVD・ネタバレ感想)半世紀前の実話ものなのにツッコミ不足で立ち位置見えず

不思議な映画だなあと思ってみていたんですが、実話ベースだったんですね!?

一年前に公開された映画をDVD鑑賞です。予告編を見た印象では一兵卒が将校になりすましてのし上がっていき、最後にはそれがバレて云々という寓話的な物語かと思っていたのですが、寓話性はほとんどなく、リアルなのかファンタジーなのかよくわからなく、残酷性においてはシュールとも言える映画でした。 

 

ちいさな独裁者(字幕版)

ちいさな独裁者(字幕版)

  • 発売日: 2019/09/04
  • メディア: Prime Video
 

ちいさな独裁者 / 監督:ロベルト・シュヴェンケ

 

モデルとなっているヴィリー・ヘロルト、ウィキペディアまでありました。

ヴィリー・ヘロルト - Wikipedia

これを読みますと結構忠実につくられているように思います。

 

1945年4月ですのでナチス・ドイツが降伏する直前の話で、事実としてこんなことが可能だったということは軍も相当混乱し指示系統も崩壊していたということなんでしょう。

 

ヘロルト(マックス・フーバッヒャー)がジープの兵士たちに追われているところから始まります。しばらくはわかりませんが、後に脱走兵ということが頻繁に語られますのでヘロルトも脱走兵として追われていたということです。

 

なんとか逃げおおせたヘロルトは、ぬかるみにはまったジープの中に大尉の制服を見つけ大尉に成りすまします。

 

このあたり割と簡単に、ほとんど葛藤や臆したりするところもなく、制服を着て、いきなりひとりで命令口調の稽古をするように将校ぶったりしますのでなかなか映画の意図がつかみきれず、さらにその後すぐにひとりの兵士に出会い、続いて数人に出会い、それら皆が胡散臭い(脱走兵だったということなのかな?)うえにヘロルトを疑うような怪訝な顔つき、かつ上官を上官とも思わないような態度を示しますので、なかなかその意図がつかみきれません。

 

逆にその不可思議さでしばらくは集中して見られるということにはなるのですが。

 

ただ、とにかく映画の背景はつかみきれません。

戦闘シーンがあるわけでもなく、あたりも野っぱらで戦場ぽさがなく、とても敗戦間近の雰囲気ではありません。なのに物語自体はカオスです。

そもそも一兵卒が将校になりすますなんてことが通常であればありえない、つまりそれだけ組織が崩壊しているわけなのに、映画の背景に敗戦を感じさせるカオス状態がなく、(美しい)雪の野っぱらや田園風景が続きますので不思議な感じがします。

 

ヘロルトという人物もつかみきれません。

成りすましにおどおどしたところはありません。かと言って力が入っている感じもしません。堂々としている感じでもありません。いうなれば成り行きに流されている感じです。体も小柄ですので兵士たちを威圧ほどの迫力もなく、とにかく皆が従うこれといった要素が感じられません。

 

映画って不思議なもので、だから見ていられます。どういうことだろう…という感じではあります。

 

十人ほどの兵士を従えたヘロルトは脱走兵たちを収容した収容所に到達します。このあたりでヘロルトの内面や兵士たちとの疑心暗鬼さを描いておけばもう少しドラマになったように思いますが、実話ベースということからなのかその意図はなさそうで、逆にヘロルトの普通さを描いて凄惨さを浮かび上がらせようとしたということかもしれません。

 

とにかく、ここ収容所で虐殺が行われるわけですが、これまた掴みどころがありません。

当然ながら戦時下と言えでも収容所には収容所の法的な縛りがありますので所長との権限争いがあり、その所長がヘロルトの権限を上官に確認したりしますが、なぜかヘロルトの総統直接の指示との言葉が通ってしまいます。

 

ウィキペディアによれば、

1945年4月12日、ヘロルトらの一行はエムスラント収容所アシェンドルフ湿原支所に到達した。
同収容所では、主にドイツ国防軍の脱走兵や政治犯が収容されていた。本来の収容人数は1,000人程度だったが、当時は敵の前進に伴い放棄された周辺の収容所からも囚人らが移送され、およそ3,000人が収容されていた。

ということもあり、ヘロルトの「即決裁判」、つまり正規の裁判を待たずその場で処刑するといったことを望むような空気がすでに収容所自体にあったのでしょう。

 

それは副所長のような人物が正規の手続きを主張する所長に敵対してヘロルトを煽るように行動することで表現されています。

 

で、収容されている脱走兵たちの虐殺となるのですが、その残虐さや凄惨さはあまり伝わってきません。もちろん描き方としては、その脱走兵たちに穴を掘らせ、その中に30人を立たせ、機銃掃射し殺害するわけですからこの上なく残虐なんですが、凄惨さを強調するような映像もなく、かなり引いた画で兵士たちが穴に向かって銃を発射するところを撮っているだけです。

そもそも収容された脱走兵たちの撮り方もただカメラを向けているだけで、その一人ひとりにそれぞれの人生があるという意識が映像からは感じられず、いうなればモノ的に撮られている印象を受けます。

もし、それがヘロルトの意識の反映という意図があったとすれば、結果としてはつくり手の力不足ということになります。

 

このあたりまできますと、ダメだなこの映画という気も強くなり、DVDであることも重なってほとんど興味も失せてきます(ペコリ)。

要は何をやろうとしているのかわからないままただ淡々と過去の出来事を描いても意味はないということです。つまり、映画のつくりてがどこに立っているのかわからない映画はどんなに残酷なことを描いても残酷には見えません。

この映画のヘロルトたちは単なるならず者にしか見えません。実際はそうだったかも知れませんが、過去を映画にするのであればその史実をどう見るかという視点がなければ意味がありません。

ヘロルトの行為は狂気だったのか、もし狂気だったとすればその狂気はどこから生まれたのか、そうした意識がなければ映画になりません。もちろん、徹底的にならず者的残虐性を描くという手法があることは否定しませんし、それはそれで伝わってくるものがあればいいとは思いますが。

 

とにかく、映画の結末は、突然収容所が連合軍の爆撃を受け崩壊、逃げ出したヘロルトたちは街に繰り出し、ここでも狼藉を繰り返し、大騒ぎしているところを憲兵に逮捕されます。

 

そして、ヘロルトの裁判です。

あの裁判のシーンも戦時下、もう間もなくヒトラーも自殺し、降伏となるドイツの軍事法廷にしては整然としていてかなり違和感がありました。そういえばヘロルトが逮捕された街も爆撃の跡ひとつなくきれいな街でした。

 

ウィキペディアから引用しておきますと

連合国軍から逃れるべくヘロルトらは後退を続けていたが、アウリッヒに到着した時点で現地のドイツ軍司令官の命令により全員が逮捕された。5月3日、海軍軍事裁判所にてヘロルトは全ての罪を自白し、翌日には前線執行猶予処分(Frontbewährung)、すなわち執行猶予大隊への転属が決定した。しかし、ヘロルトは出頭せず姿を消し、そのまま敗戦まで潜伏していた。

ということらしく、そうした混乱状況が映画からはまったく感じられず、とても間もなく敗戦をむかえる国とは思えない描き方でした。

 

ラストは、逃げ出したヘロルトがおびただしい人骨で覆われた森の中へ姿を消していき、そこにスーパーで、戦後、ヘロルトは連合軍に戦争犯罪者として裁かれ1946年11月14日に処刑されたと入り終わります。

 

やはりこうした実話ものは作り手にはっきりとした歴史認識とそれに対する立ち位置がはっきりしていないとダメですね。

 

カティンの森 (字幕版)

カティンの森 (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video