「ハッピー・オールド・イヤー」ネタバレレビュー・あらすじ:映画の内容もミニマル、映画自体もミニマル

タイ映画です。

タイの映画は年に1本か2本程度しか見ていませんが、この映画はこれまで見てきた映画とはちょっと違います。タイっぽさがないと言いますか、その国っぽさやローカル感がありません。

 

ハッピー・オールド・イヤー

ハッピー・オールド・イヤー / 監督:ナワポン・タムロンラタナリット

 

 

制作会社GDH559

制作はGDH559とあり、「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」の制作会社です。「バッド・ジーニアス」では物語の進め方や手法がハリウッドスタイルと感じたんですが、この「ハッピー・オールド・イヤー」はそうした特徴的なものがありません。否定的な意味で言っているのでなく、言うなれば日本やヨーロッパの映画のような見慣れた感じの映画ということです。

その意味では「バッド・ジーニアス」も同じことになります。今やハリウッドスタイルはハリウッドのものではなく、言い方を変えれば無国籍、あるいはグローバルということだと思います。

 

GDH559の公式サイトを見ますと、そうしたコンセプトを持った制作会社のようです。

 

 

公式サイトのMissionには

GDH aims to create uniqueness and globally appealing content by elevating the quality of Thai films and TV series to a world-class level, and in doing so, creating smiles, laughter, pleasure, and greater gross happiness to the audience.

GDHは、タイの映画やテレビシリーズの品質をワールドクラスに引き上げ、ユニークでグローバルで魅力的なコンテンツを制作し、観客の皆さんに笑顔、笑い、喜び、そしてより大きな幸せを感じていただくことを目指しています。 

とあります。

 

実際、「バッド・ジーニアス」もこの映画も、映画のタイプはまったく異なりますが、どちらも映画制作のレベルはかなり高いです。何に笑い、何に喜びや幸せを感じるかは人それぞれですので、どんなタイプの映画であれ質の高いものを作ろうということなんだと思います。

 

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

スウェーデンから帰国(留学?)したジーンがデザイナーとして起業するために自宅を改装しようとします。そのコンセプトがミニマリズムであるために、家内のあらゆるモノを捨てようとし、そのことから起きるコトを描いていく映画です。

 

ジーンを演じている主演のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさんは「バッド・ジーニアス」でも主人公リンを演じていた俳優さんです。モデルからスタートしているらしく立ち姿に雰囲気があります。

 

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改装は、これを

 

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こうしようというわけです。

 

物を捨てることは、それにまつわる思い出や記憶がそれを契機によみがえり、その思い出や記憶との決別を迫られることだというのがこの映画のテーマです。

 

大きくはふたつの過去が物語の軸になっています。ひとつは恋人だったエムとのこと、そしてもうひとつは出ていった父親のことです。

 

兄のキャラクターがユニーク 

冒頭のシーンは、ジーンが改装が済んだ自分のオフィスでインタビューを受けています。上の画像のような真っ白な室内に真っ白なテーブル、真っ白な椅子に座り、1階がオフィス、2階が生活空間になっていると話しています。おそらくこの後の何シーンかに出てくるインテリア雑誌の取材なんでしょう。

 

そして、映画は何ヶ月か過去に戻り、ジーンが友人のインテリアデザイナーのピンクに雑誌の写真を示しながら自分のイメージを話します。ピンクは今年中にすべての物を捨てなければねと言います。

 

ジーンの断捨離が始まります。ジーンの家族は母親と兄がいます。母親は反対していますが、兄はジーンに協力的です。

 

この兄のキャラクターがユニークです。映画ではあまり説明されていませんが自作の服をネット販売しているようです。ジーンが改装したいということにも、どう改装するかにもまったく関心を示しません。でもジーンの言うことには協力的で、言われれば黙って手伝います。従順ということではないんです。むしろ興味がなく、どちらでもいいという様子にみえます。

 

ゴミ袋を大量に買い込みあらゆる物を放り込んでいきます。本、衣服、CD、ビデオデッキ、携帯などなど、分別しなくていいの? と突っ込みたくなりますが、回収は業者(なのかな?)のおじさんを呼んでいました。

 

元恋人エムの記憶 

ここでひとつ問題が発生します。ピンクがゴミ袋の中に自分のプレゼントがあることを発見します。ジーンは言い訳をしますがピンクは気分を害して帰ってしまいます。ジーンはこれを機にもらったものや借りたものは相手に返すことにします。

 

そのひとつが別れた恋人エムのカメラとフィルムです。エムとはスウェーデンへ旅立つまで付き合っていたのですがジーンは何も告げずに去ったようです。

 

このエムに対するジーンの淡白さにはびっくりします。片付け中にカメラを見つけ、なにか思いがあるようには描かれますが、それも他の物とさほど違うようには描かれておらず、その後も多少なりとも未練があるようにも描かれておらず、エムはすっかり過去の人になっています。

エムの方はと言えば未練たらたらです。と言うより、当たり前ですよね、恋人が突然目の前からいなくなって、その後メールをしても一切返信しなかったっていうんですからジーンは無茶苦茶ひどいやつです(笑)。

 

で、これがこの映画の中心となるドラマで、エムの今の恋人も絡みかなりシリアスです。

 

エムのカメラ、いったんは捨てようとしたジーンですが思い返し送ることにします。しかし送り返されてきます。ジーンはエムを訪ねます。しかし家の前で決心がつかず踵を返したその時、ジーン、とエムに呼び止められます。向かい合う二人、エムは淡々とジーンが去った後の自分の思いを語ります。

 

エムをやっているサニー・スワンメーターノンさん、内に感情を抑え込んでいる様子がとてもよく出ていてよかったです。寡黙さが画になります。

 

後日、エムを訪ねた(理由は忘れた)ジーンはエムの恋人ミーと出会います。それぞれがそれぞれに意識しながらも淡々と進みます。

 

ん? 訪ねた理由はエムがジーンにコーンスープを作って欲しいとメールしたんだったかな? ちょっと自信がありませんが、確かにエムがミーにも美味しいからと勧め3人で食べるシーンがありましたのでここだったかも知れません。

しかしこれ、オイ、オイ、ですね。ミーが可哀想すぎます。さらに可愛そうなことになっていきますのでその前ぶりだったのかも知れません。

ああ、ひょっとしてジーンも元のさやを意識したということをやろうとしたのかも知れません。このジョンジャルーンスックジンさん、ほとんど感情が表に出ない演技をしていますので、あまり意識の流れが読めず、それがミニマリズムにピッタリしていてよかったということで、ちょっと引いて考えれば、全体としてもかなり無神経なことをやっている人物ということになりそうです(笑)。

 

また後日、訳あってエムの持っている画像データを調べる必要が生まれ、再度訪ねてパソコンのデータを順番に見ていきます。この時、ミーがある写真を目にします。(目にしたようです)

 

このシーンのミーの動きは重要なんですが私は気づけませんでした。

 

ジーンが手前でパソコンを見ており、隣にエムがいて、その奥のソファにミーが座っているカットがあり、そのミーの様子が意気消沈している風でとても気になりよく記憶しているのですが、その理由をその流れの中では気づけませんでした。その理由はこの後です(笑)。

 

エムはシンガポールに引っ越すつもりであり、ミーも一緒に行くと言います。

 

後日、ミーがジーンを訪ねてきます。ミーがこれ返すわとTシャツを差し出します。最初に気づいていたのねとも言います。

 

ジーンがコーンスープを作って欲しいと言われエムを訪ねた時にジーンとミーは初めて会っているわけですが、その時ミーはTシャツを着ています。後日ジーンがパソコンの画像を見に行った時、ミーはその中にジーンがそのTシャツを着てエムと一緒に写っている写真を見ていたのです。

 

ミーは、ジーンが送ってきたカメラは自分が黙って送り返した、シンガポールにはいかない、振られたと言って去っていきます。

 

ジーンもエムもほんとひどいよね(笑)。

 

いなくなった父の記憶 

もうひとつの重要な物語、父親との記憶です。

当初ジーンが母親に改装したいと伝えた時、確かに母親は大反対でしたがその理由についてははっきりとは語っていません。その後ジーンと兄がどんどん物を捨てていくシーンにも母親は出てきません。

 

そして中頃になり、ジーンがピアノを捨てたいと言い出した時、母親は強い抵抗を示し、ジーンがもう誰も弾かないのにと言いますと、母親は弾けないにもかかわらず私が弾くと譲りません。

 

父親はその家で音楽教室を開いていたようでそのためのピアノということです。映画は何があったかをまったく語っていませんが父親は出ていってしまい、母親にとってはそのピアノは夫との唯一のつながりを感じるものということです。

 

ある日、ジーンは父親に電話をします。シーンとしてはジーンが短い言葉を交わし頷くだけです。ジーンは兄に(だったと思う)父親が自分の声をわからなかったと嘆き、ピアノは売ってもいいと言ったと語ります。つまり、戻らないとの宣言という意味だと思います。

 

そしてラスト近く、ジーンは兄に母親を連れ出してと頼み、その間にピアノを売ってしまいます。戻った母親は騙されたとジーンに対して泣き叫びます。

 

その後の展開の記憶がかなり曖昧ですが、改装はジーンの予定通り進み、ラストシーンはジーンがひとりホテルの一室にいるシーンだったと思います。そして翌朝、そのベッドの上には自分と兄と両親が笑顔で写っている写真がビリビリに破られて捨てられています。(だったと思いますが、かなり記憶が曖昧です) 

 

映画自体もミニマル

非常に美しい映画で、主演のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンさんのモデルとしての存在感が生きた映画だと思います。

 

モノを捨てることがそこに宿ったコトとの決別を意味するというテーマも明確に表現されています。

 

また、そのミニマリズムという映画の内容と同じように映画そのものもかなりミニマルです。モノを捨てていくことだけで物語はつくられていますし、そのことで明らかになる元恋人との関係も、また家族のこともほとんど説明的なシーンを入れていません。それでも非常によくわかります。

 

この映画は、過去の人間関係を過去を語ることなく現在の人間関係だけで見せることに成功しています。

 

その点ではかなり質の高い映画だと思います。

 

バッド・ジーニアス 危険な天才たち(字幕版)

バッド・ジーニアス 危険な天才たち(字幕版)

  • 発売日: 2019/02/06
  • メディア: Prime Video