そんなには褒めないよ。映画評

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「魂のゆくえ」(ネタバレ)とんでもないラブストーリーだった!

スクリーンは4:3のスタンダードサイズ、ほとんどすべての画がフィクス、それもかなりのこだわりの構図でこれ以外の切り取りは許さないくらいの意志が感じられます。

タイトル(原題:First Reformed)にもなっているファースト・リフォームド協会のトラー牧師(イーサン・ホーク)の内省的な映画ですので、その表現手法としてはぴったりでしょう。

 

魂のゆくえ

魂のゆくえ / 監督:ポール・シュレイダー

 

トラー牧師が日記を書くところから始まります。そこには本人の内省的な葛藤が書かれていき、それを本人がナレーションで語るスタイルですので、当然、画とマッチしているわけでもなく、字幕を読みながらでは、言わんとしていることを理解するのは相当難しいです。

 

ただ、終わってみれば、人間の持つ様々の感情がトラー牧師に誇張されて描かれているのではないかということに気づきます。

 

悔恨、同情、恐れ、不安、恥、怒り、そして愛。あるいは破壊衝動、自傷衝動。

 

トラーは代々聖職者の家系らしく、また愛国的なんでしょう、本人は牧師として従軍の経験があり、息子にも志願(牧師とは言っていなかった)を勧め、その息子をイラクで亡くしており、自責の念に苛まれています。それが原因で妻とも別れ、自失状態にある時に今の教団に拾われたと言っていました。

 

ある時、礼拝(かな?)に来ていたメアリー(アマンダ・セイフライド)から、自分は妊娠しているが、環境活動家の夫マイケルが人類の未来を憂い子どもを生むことに反対しているので説得してほしいと相談されます。

 

これ、あえてそういう設定にしているんでしょうが、避妊しなかった自分をおいておいて中絶させようとする環境活動家って相当自己欺瞞ということなんでしょう。

 

まあとにかく、トラーは、メアリーの求めに応じてマイケルと対話しますが、マイケルはかなり視野が狭くなっており現実と折り合いがつかなくなっている様子です。

確かトラーは、環境汚染は神が望むことではないが、だからといって中絶も神は望んでいないというようなことを言っていました。

 

その結果は、逆説的ではありますが、あるいは説得できたという意味かもしれません。こうです。後日、トラーはマイケルに森へ呼び出されますが、そこで自ら頭を撃ち抜いたマイケルの死体を発見するのです。

 

これ、牧師であるトラーにとってはかなり心理的にこたえることではないかと思いますが、映画は、この事件に対するトラーの反応や心の動きをあまり描いていません。当然、自分が対話した相手が自殺したことは、牧師としては屈辱的な、悔いても悔いきれない出来事だと思います。さらに、これを機に、トラー自身の環境問題へ意識が変化していくような描写もあります。ラストのトラーの行動を考えれば、ここでもっとトラーを苦しめておかないとラストの唐突感は免れません。

 

ファースト・リフォームド協会は250週年の記念式典を2週間後にひかえています。式典は教団全体のものですので、トラーも頻繁に本部へ足を運びます。そうした関連で、あるエネルギー関係の企業が教団に資金援助をしていることを知り、またその企業が環境にも悪影響を与えているとの指摘があることを知ります。

ただ、このあたりのツッコミはかなり適当で、この企業が何をしているのかは描かれておらず、ただ、その企業の人物がやや悪役気味にトラーに現実を見ろみたいなことを言っているだけです。

環境汚染の映像が何カットが挿入されていますが、その地域との関連性がみえず現実感が乏しいです。むしろもっとマイケルに現実の環境汚染について力説させるべきだったと思います。

 

もうひとつ、これもよくわからない扱いなんですが、本部にトラーに好意を持っている女性がいます。何かとトラーを気にかけており、前半はトラーもごく自然に応対していたんですが、後半のある時、突然、トラーが怒り出し、お前の思い(愛)が(多分過去を思い出させ)重荷なんだ、要は迷惑なんだとかなり侮辱的なことを言うのです。

 

え?どうしたの? という感じですし、あれだけのことを言われた相手の女性の反応もまったく描いていません。なんとも嫌なシーンなんですが、これ、ラストまでいきますと腑に落ちることがあります。ほんとに人間って自分勝手ということです。

忘れるといけませんので先に書いておきます(笑)。

メアリーへの愛なのかなんなのかはわかりませんが、メアリーへの思いが募ってきているということです。

 

トラーは健康を害しています。あまりきちんとした食事もとっていないようで、ランチといいながら飲み物だけ、ワンシーンあった食事もスープ(みたいなもの)とパン一切れ、あとは日記を書きながら酒を煽るように飲んでいます。トイレへいけば血尿、歯を磨くシーンでは(よくわからなかったが)血が出るのか、本人がクソっと言っていたようで、ついには診察を受けますが、内視鏡検査を勧められており、がん?と尋ねていました。

 

ここでもちょっとツッコミを入れておきますと、がんの可能性がある患者に内視鏡検査は再来週しか空いていないっていう医師って本物ですかね?

 

といったようなことがあり、そうした心の動きが抽象的な言葉で日記に綴られていきます。結局、悔恨、不安、(抑えきれない)愛やあれこれに悶々とし、牧師であるがゆえにそれらを抑え込むことを自らに課し、それゆえ現実との接点を失い、まるでマイケルが乗り移ったかのように、ある思い込みへ突き進んでいくということです。

 

記念式典の日です。教団の支援者である例の企業も参列します。

 

書いていませんが、マイケルが自殺する前に、トラーはメアリーから呼び出されて、マイケルが隠し持っていた自爆用の爆弾ベストを預かっています。

その爆弾ベストを身に着け、聖職者の服(黒だったかな?)を羽織り、式典に向かう準備をします。ふと窓からのぞきますと、メアリーの姿がみえます。実は、出産のために姉の元へ引っ越すというメアリーに、式典には絶対に来るなとしつこいくらいに伝えていたのです。

トラーは混乱し焦ります。爆弾ベストを脱ぎ捨て、何を思ったのか裸の体に有刺鉄線(茨?)を巻き付け、血みどろになりながら、今度は白の服を身に着け(血が滲んでいた)、トイレ洗浄液をコップになみなみと注ぎ、飲もうとします。

ふと振り返りますと、そこにメアリーの姿、トラーは飲もうとしていたコップを落とし、メアリーを見つめます。駆け寄る二人、そして熱い抱擁、貪るように口づけを交わします。カメラはその二人の周りをくどいくらいにぐるぐる回ります。そして、突然ぷつりと切れて映画は終わります。

 

結局、人は愛によって救われるということでしょうか…。

 

すべてがすっ飛んでしまうような結末でした。

 

まあ、悪くはないですけど(笑)。

 

タクシードライバー (字幕版)