「コンプリシティ 優しい共犯」(ネタバレ)日本映画には珍しい(?)センスの良さが光る

こういう映画を撮れる監督が日本にもいるというのはうれしいですね。

こういうというのは、現実社会に積極的に関わろうとし、それをきっちりドラマと仕上げることができ、そしてなにをおいてもセンスがいいという映画です。

もちろん他にいないというわけではありませんが、日本映画でこういう外に開かれた映画は少ないとは思います。社会全体が内向きでちまちましてきている(?)せいでしょうか。

 

コンプリシティ 優しい共犯

コンプリシティ 優しい共犯 / 監督:近浦啓

 

映画監督デビューのスタイルも、それを望んだかどうかはわかりませんがなかなかカッコいいです。

 

近浦啓監督、1977年生まれですから現在43歳くらいの方で、子どもの頃から映画に親しんではいても、いわゆる業界を目指す道を選ばなかったようです。ネットでざっと拾ったプロフィールですので正確かどうかはわかりませんが、大学で経済学を学び、映画に関しては、たとえば誰かに師事したとか、映像関係の学校などで学んだとかはなく独学で学んだそうです。

独学って何?と思いますが、この記事によりますと、

尊敬する映画監督が手掛けた作品を観ては、その作品を絵コンテに描き起こす作業を続けました。1シーンごとに番号を振って、そこで何が起きたか大学ノートに1行ずつ書き出しては、どんな風に場面が遷移して、どんな風に登場人物の感情を構築していくのかなど、映画をひたすら観察しました。(nippon.com) 

と語っています。

たしかにこの映画を見ても、いろいろ見ているんだなあという印象をうけます。

 

ウィキペディアもありませんし、自身のサイト自身が経営する会社もかなりミステリアスなイメージを前面に出しています。

 

自身の会社「クレイテプス」は2006年の設立となっています。会社を立ち上げた当初は仕事がなく苦労したようです。

そして事業も成功し資金ができたのでしょうか、映画製作としては、2013年の短編映画「Empty House」を皮切りに、短編「なごり柿(英題:The Lasting Persimmon)」(2015)、短編「SIGNATURE」(2017)、そしてこの長編デビュー作「コンプリシティ 優しい共犯」とすべて自身の製作で作り上げているようです。

 

IMDb にもしっかりプロフィールをあげていますし、向いている方向が海外ということなんでしょう。

 

で、「コンプリシティ 優しい共犯」です。

技能実習生として日本にやってきたチェン・リャンは、不法滞在となり名前を偽って田舎町の蕎麦屋で働くことになります。不法滞在となった経緯はこの映画にはありません。前作の「SIGNATURE」がその経緯を描いているとの記述もありますので見てみたいですね。

 

冒頭、チェンはすでに実習先の職場から逃げてきているのでしょう。夜、懐中電灯の灯りだけで(多分)同じく実習生の友人(親しいという意味ではない)とふたりでガス給湯器と奮闘しています。盗もうとしているということです。

 

その窃盗現場もそうですが、依頼主のヤバい奴に報酬をもらうやり取りであるとか、二段ベッドがいくつも詰め込まれた住まいであるとか、どれも特別どうこうというわけではないのですがとても流れがいいですし、映像、特にカメラ位置がよく、画にリアリティがあります。

このあたりは導入部分ですので物語全体としてはさほど重要なシーンではないのですが、こういうシーンでもかなり細かく作り込まれており物語の展開にスキがありません。

こういうところはいい映画の条件だと思います。

 

それにちょっと不思議な感じがしたのですが、この映画、チェンが日本にやってくるまでの中国での生活、つまり過去が、現在の日本の物語と交互に編集されています。ただ、回想であるとかフラッシュバックであるとかには見せているわけではなく、ごく普通にシーンが切り替わるだけです。最初の1回だけは、ん? 中国? ということは考えましたが、それがわかってしまえば実に自然に切り替わるのです。

 

それをどういう意図でやっているのか、それで何が生まれるのかはなんとも言えないのですが、とにかく不思議な感じでした。

 

チェンの携帯に前の持ち主リュウ・ウェイあてに電話が入ります。山形(らしい)の職業斡旋所(みたいなところ)から蕎麦屋での住み込みの仕事があるがどうかと尋ねられます。チェンはリュウに成りすまします。

 

そして映画の本題、チェンと蕎麦屋の主人井上弘(藤竜也)、その娘香織(松本紀保)、そして画家の葉月(赤坂沙世)との日々が始まります。

 

蕎麦屋は田舎の一軒家という佇まいです。結構客はついているようで開店前に客が並んだり、昼はいつも満席です。

主の弘は寡黙な蕎麦職人で、40歳代と思われる娘の香織と店を切り盛りしています。 映画の中頃に法事のために息子夫婦がやってきますが、店を畳むよう求めており、あまり折り合いはよくないようです。

チェンはほとんど日本語を話せないのですが、香織がとても優しく、手取り足取り、急かしたりせず失敗をしても怒ったりはしません。

地図を見ながらの出前にも出て、画家の葉月と出会います。葉月は中国へ留学するつもりと言い、親しげに話しかけてきます。

 

この香織と葉月の存在がチェンを救っています。弘は、いわゆる昭和の人といった雰囲気で言葉も少なくチェンも不安だ思いますが、このふたりがいることで映画的にもバランスがとれています。ただ逆にいえば、チェンの周りがあまりにもいい環境過ぎ、問題が見えにくくなっているきらいはあります。

映画的緊張感から言えば、弘とチェンがぶつかる場面をもっと入れるべきでしょうし、そうすれば香織のやさしさももっと生きてくるように思います。このあたりがこの映画の欠点でしょうか。

  

おそらく弘は折り合いの悪い実の息子の代理のような感覚でチェンを見始めたのでしょう。チェンに蕎麦打ちを教え始めます。チェンも筋がよく、映画の最後では店に出す蕎麦も打ち始めます。

葉月とのつきあいも葉月の積極的で嫌みのない行動で距離は狭まっていきます。異国でああした積極的なアプローチは、逆の立場であればちょっと警戒してしまうかなという気もしますが、これは映画ですので(笑)チェンには癒やしとなることに違和感はありません。

 

チェンの態度など、心情の描き方は一貫して変わりません。不安です。そもそも不法滞在になっているわけですし、他人になりすましているわけですから、周りがどんなに優しそうな人たちであっても気を許すことなどできるはずはありません。

 

チェンの不安感が最後まで変わらず描かれているあたりがこの映画のいいところです。

 

そしてラスト、店に警察がやってきます。

ここに至るまでに一度警察だったかチェンの素性を尋ねる電話があったりし、チェンが逃亡を図る描写がありますが、そこはかなり曖昧に終わっていました。その時点で弘がチェンの素性に疑いを持ったにもかかわらずそれを飲み込んだといったことを描きたかったのかも知れません。

 

ラスト、弘は警察を欺きチェンを逃します。

海辺に来たチェンに、すでに北京に留学している葉月から、今日映画を見たよ、なんだと思う? とボイスメセージが入ります。答えられずにいますと、君の名はだよと葉月が言い、それに答えて、チェンは自分の本当の名前はチェンだと答えます。

 

チェンに希望などあるはずはないのに、作り過ぎのラストではあります(笑)。

 

こうして映画を思い返してみますと、とてもいい映画に変わりはありませんが、あえて欠点を言えば、力強さに欠けていることかもしれません。おそらく海外の映画をたくさん見ているのでしょう。多くの日本映画にはない洗練されたところがあります。ドラマ的にはシンプルなのに物語に深さがあります。なのに残るものが少ない感じがします。あるいはそれは、映画への思いの源が、これが撮りたいということよりもこういうつくりの映画を撮りたいということからくるのかもしれません。

 

いずれにしても次回作への期待が大きい監督ではあります。

 

スプリング・フィーバー

スプリング・フィーバー

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