ベイビーティース

涙なき難病ものは舞台劇の原作ゆえか

難病で死期が近い少女のラブストーリーです。

え、またか?!というくらいポピュラーな題材ですが、ちょっと雰囲気が違っており、感動ものを期待していきますと物足りないかもしれません。泣ける場面はありません。

ベイビーティース

ベイビーティース / 監督:シャノン・マーフィ

Babyteeth=乳歯の意味するもの 

タイトルの「ベイビーティース」は乳歯のことですが、何を意味しているのかはなかなか難しいです。

映画は抜けた歯が水の入ったコップの中をゆっくりと沈んでいくカットから始まります。また、わりと早い段階で16歳の主人公ミラにはまだ乳歯が1本残っていることが語られます。ですので、どういう意味かはわからないにしても、この時点で最初の歯がミラのものだったことは想像がつきます。

ミラは末期がんです。

ラストシーン近く、食事中に乳歯が抜けます。ミラがコップの中に入れます。少し血のついた歯がゆらゆらと落ちていきます。最初のカットです。

そして、その夜、ミラは亡くなります。

乳歯が子供の証しだとすれば、ミラは大人になることなく一生を終えたということになります。

監督はシャノン・マーフィさん、この映画が長編デビュー作で2019年のヴェネチアのコンペティションにノミネートされています。キャリアは舞台からスタートし、テレビそして映画ということのようです。30歳代後半くらいの年齢じゃないかと思います。

この「ベイビーティース」は Rita Kalnejaisさんという方の脚本による舞台作品が原作となっています。

涙なしの難病ものから何がみえるか

冒頭に書いたようにこの手の物語にしてはちょっとばかり雰囲気が違っています。

そもそもこの映画、ミラに死期が近いことも、その病が何なのかも言葉ではまったく語られません。冒頭のシーンでミラが鼻血を出すことも、わかってみればそういうことかと思いますが、何も知らずに見れば難病には結びつきません。やっと中盤(前半だったか?)ミラの頭髪が抜け落ちてしまうことから、ああミラはがんなのかとわかります。

その後もミラの病状を語るシーンもなく、やっと後半になり、それもボーイフレンドのモーゼスの不注意で感染症にかかり入院することになるわけで、がん自体の進行や抗がん剤云々の描写もありません。

医師も登場しません。主要な登場人物は、ミラとモーゼスとミラの両親のアナとヘンリーの4人です。

この主要人物の少なさは原作が舞台劇ということからきていると思われますが、もうひとつ舞台劇っぽいのは、シーンが変わるごとにキャプションがスーパーで入るのです。たとえば「ミラとモーゼスの出会い」とか「アナとヘンリーのほにゃらら」とかです。

原作の舞台劇の情報を探ってみますと、まずミラが亡くなったところから始まり、次に舞台が回転して過去に戻るという手法をとっているらしく、おそらく回転すると二人の出会いのシーンがあり、また回転するとアナとヘンリーのほにゃららのシーンという具合ではないかと思います。

この両親が一風変わっています。いや、文化の違いでそう見えるだけかもしれませんが、ミラとモーゼスの次のシーンでは、大人の男女のシーンで、女性がソファーに横たわり、男性がその横に立っており、なんとなく精神分析医の診療なのかなとはわかるのですが、女性が自分の股間に手を置き、次の患者は何時?とか聞いてそれまでに××やりましょと言いながら下着をおろして机に座り、男性もファスナーを下ろして女性の間に立って性行為をし始めます。

はあ? と言っている間もなく始まってしまいますのでかなり意表を突かれます。結局、このふたりがミラの両親でした(笑)。

母親のアナは、多分ミラのことからかと思いますが、常に情緒不安定で常時安定剤を服用しているようです。夫ヘンリーとの間もうまくいっているようないっていないような描き方がされていますが、今思い返してみれば、アナにはミラの病状についてなにか後悔があるようです。それゆえの情緒不安定ということなのでしょう。ヘンリーの方は掴みどころのない人物になっています。もちろんアナもミラも愛しているのでしょうが、隣の女性に色目(お互いにだけど)使ったりしています。

ということで、確かにお涙頂戴映画ではありませんが、ミラとモーゼスの出会いとその後はこの手の映画のパターンとさほど異なっているわけではなく、基本は難病の娘を抱えた家族物語であり、原作が舞台劇であるがゆえに動的なシーンが多くなっているのだと思います。

ところでお涙頂戴って英語にもあるんだろうかと思いましたら、tearjerker というのがそれに該当するようです。

ネタバレあらすじとちょいツッコミ

もうほとんどネタバレのあらすじを書いてしまいましたので簡潔に。

ミラ(エリザ・スカンレン)とモーゼス(トビー・ウォレス)の出会いです。制服姿のミラがホームで電車を待っています。突然モーゼスがぶつかってきて、あわや到着した電車にぶつかりそうになります。予告編の最初にあるシーンです。


映画『ベイビーティース』予告編【2021.2.19(fri) ROADSHOW】

もちろんぶつかってきたのはわざとで気を引こうとして成功したということです。青春物語のひとつのパターンではあります。

ミラが鼻血を出します。モーゼスは自分のシャツで鼻血を拭きミラを横たわらせたりして完全にナンパモードです。ミラは匂いが…(と言っていたような)。モーゼスはお金を貸してほしいと言い、ミラが50ドル(だったと思う)しかないと言いますと、そんなにいらない、(あまりはっきり記憶していないが)代わりに髪を切ろうなどということになります。

アナとヘンリーのほにゃららのシーン(だったと思う、次と逆かも)。

モーゼスの家、モーゼスがミラの髪を切っています。母親が幼い男の子をつれて帰ってきます。母親はモーゼスに出ていって! 警察を呼ぶわよ! と興奮しています。

なぜそこまで? と思いますが、映画はその後も何も語っていませんのでわかりません。モーゼスの行いが不良だからと思うしかなく、そうしたありきたりな想像をさせるくらいなら母親など登場させなければいいのにと(わたしは)思います。男の子は弟のようです。

ミラがモーゼスをディナーに誘います。両親はモーゼスを好ましくは思っていないようですがあからさまではありません。しかし、モーゼスの馴れ馴れしさ(かと思う)にアナが次第に興奮しモーゼスを追い出します(違ったかも)。

こうしたシーンがわりと単調に続きます。アナはミラにモーゼスには問題があるからつきあっちゃダメと言い、モーゼスにはアナに近寄らないでと言います。ダメと言われればそっちへ行きたくなるのが青春です。ミラにはモーゼスしか見えないようになっていきます。自分の死期が近いとなれば当然でしょう。

ただ、モーゼスがよくわからないんですよね。打算にも見えます。ミラの学校で待ち伏せしたり、深夜にミラの家に忍び込んで薬を盗もうとしたりします。モーゼスは、程度はわかりませんがジャンキーです。アナの薬を盗みに来たのです。

突然ですが、オーストラリア映画にジャンキーと言いますと「キャンディ」を思い出します。映画を見た2ヶ月後にヒース・レジャーが急性薬物中毒で亡くなったんです。その映画、ジャンキーのふたりがどんどん堕ちていく映画なんです。

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さすがにミラももう来ないで!みたいにモーゼスを追い出します。しかし、それで思いが断ち切れるわけではありません。ミラの方からモーゼスに会いに行きます。モーゼスはミラをクラブに連れていきます。知り合いの女性がモーゼスに親しげに話しかけてきます。ミラは(嫉妬でしょう)飲んだことのない酒を飲み踊り(狂い)ます。モーゼスが気づき外に連れ出します。ミラが吐いています。宿無しのモーゼスの定宿なのかビルの屋上にミラを連れていきます。ミラを横たわらせ自分はすぐに戻ると言ってどこかへ行ってしまいます。

病院です。ミラは肺の感染症を起こしています。ミラが目覚めた時モーゼスはいなく、やっと探し当てた両親が入院させたのです。それでもミラはモーゼスに会いに行こうとベッドを出ようとします。

両親はモーゼスに家に一緒に住むように言います。ミラにとっては楽しい日々です。

ある日、アナがプロム用のドレスをミラにプレゼントします。試着するミラ、ふと触れた脇にしこりがあることに気づきます。モーゼスに訴えますが、モーゼスはラリっています。モーゼスはヘンリーから薬をもらうことと引き換えに一緒に住むことにしたのです。

このあたりあまりはっきり記憶していません。人間関係にあまり変化はなくわりと単調です。ミラがモーゼスを追い出し(ここじゃなかったかも)、モーゼスはふたたび自分の家に戻り、やはり母親から罵られていたと思います。そこまでされるモーゼスは一体何をしたんでしょう?

(どういう経緯か記憶はないが)皆でパーティーです。ミラにモーゼス、アナにヘンリー、隣の家の女性、ミラのヴァイオリンの先生、そしてヘンリーの弟までいます。ミラの乳歯が抜けます。水の入ったコップに落とします。ゆらゆらと落ちていく乳歯。

ミラはアナにピアノを弾いてと言い、自分はヴァイオリンを手にします。書いていませんがアナはコンサートピアニストです。ただミラの病への罪悪感(じゃないかと思う)から演奏しなくなっています。また、ミラはヴァイオリンを習っています。

ふたりの演奏が始まります。これはふたりにとってはかなり重要なことだと思われますが、映画の焦点がミラとモーゼスにいっていますのであまり前面には出てきていません。

演奏中、隣の女性に陣痛がきたようです。これも書いていませんが、隣の女性のシーンは2、3シーンあり、ヘンリーが出かけようとする時に、その女性は家の表に出てはヘンリー、ヘンリーと呼んでいます。犬の名前です。それをきっかけにして、互いになんとなく誘うような素振りをしたりします。また女性は妊婦です。ある時、女性が電球を替えてくれないかと誘い、引き受けたヘンリーが女性にキスをし、その後自制心が働いたのか、sorry sorry と言ってそれだけでやめてしまいます。何を見せようとしたのかよくわからないシーンです。

で、演奏中にその女性に陣痛がきて出ていこうとしますと、ミラがそれに気づき演奏を止め、生まれる? などと慌ただしくなりこのシーンは終わります。

ミラとモーゼスがベッドにいます。ミラがモーゼスに枕を私の顔に押し付けて欲しい、暴れても離さないで欲しい、おしりの力が抜けたら離してもいいと言います。モーゼスは戸惑いますが、思い切って実行します。しばらく静かなミラですが、突如暴れだします。モーゼスは枕を外します。ふたりは見つめ合いキスをし、そして愛し合います。

翌朝、アナとヘンリーが、ふたりはセックスしたのかななどと話し合っています。モーゼスが起きてきます。様子が変です。アナはミラのもとに駆けつけます。アナが戻り、私はミラの最期に立ち会っていないと泣きじゃくりモーゼスに怒りをぶつけます。しかしその怒りも深い悲しみに変わりモーゼスはアナをしっかりと抱きしめます。モーゼスは目覚めたら死んでいたと言っています。

ミラ生前の海辺、皆で戯れています。ヘンリーがミラとモーゼスにカメラを向けています。変わってミラがヘンリーを撮ろうとします。ミラはヘンリーにモーゼスをお願いねと言います。

原作が舞台劇ゆえに映画に変化をもたらしている

やはりなんとなく難病ものにしては不思議な雰囲気があるのはもとが舞台劇だからですね。舞台で死を間近にした人物がベッドに横たわり周りで涙していても画になりません。

舞台劇は人物のぶつかり合いです。もちろんぶつからない静かなぶつかり合いも含めてそこにいる俳優たちのエネルギーによって物語はつくられます。

この映画は舞台劇を映画にするにあたって舞台劇の要素を残しすぎたんだと思います。

そうした舞台劇的な人物のぶつかり合いのよさと映画的な tearjerker なよさがうまく溶け合わずに中途半端さが出てしまった映画なんだろうと思います。

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