そんなには褒めないよ。映画評

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「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」(ネタバレ)ちょっと異色の抒情詩的なゴースト・ラブストーリー

ゴーストものの恋愛映画って結構あると思いますが、これはちょっと異色といえるかも知れません。

なんてったって幽霊が下の画像のようにシーツをかぶって現れます。 でも、コメディではありません。ラブストーリーと言えなくもないですが、「ゴースト/ニューヨークの幻」的な感動ねらいではなさそうで、意表をついて幽霊を実体として存在させることで、逆にそれを概念としての幽霊に見せようという試みとでもいいますか、まあ、叙事詩的な映画ということでしょうか。

 

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公式サイト / 監督:デヴィッド・ロウリー

 

M(ルーニー・マーラ)とC(ケーシー・アフレック)の夫婦がいます。

 

もうすでに、このMとCという設定自体が、なにゆえMとCなのかはわかりませんが、何であるにせよ、この映画は特定の個人の物語じゃないよと言っているようなものです。

 

で、いわゆる住宅街ではない一軒家で二人は暮らしています。Cは音楽家にもみえます。パソコンに向かって音楽を作っていましたし、Mに自分の曲を聞かせていました。Cが何をしているのかはわかりません。生活自体に現実感はありません。

 

二人は愛し合っています。ただひとつ、Mが引っ越ししたいということに、Cは賛成していません。Mが引っ越したいわけは、夜中に突然ピアノががーんと鳴ったり、時々奇妙な物音がするからです。ただ、描写としてはそれを恐れているといったことはなく、ただ淡々と描かれていくだけです。

 

ある日、Cが交通事故で亡くなります。これも、なぜ事故になったのかとか、前後の描写は全くありません。ただ、Cがフロントガラスの割れた車のハンドルにもたれかかっているだけです。

 

病院、Mが白い布のかけられたCを確認します。特別悲しみをとらえたカットはありません。とにかく淡々と物語は進んでいきます。Mが去った後、Cがそのかけられた白い布のまま起き上がり、Mのもとに向かいます。

 

物語自体は、いわゆるゴースト・ラブストリーのパターンかと思いますが、幽霊になったCはただMのそばに寄り添い、Mをじっと見つめているだけです。

 

Mが一度男性と共に帰宅し、玄関先でキスをするシーンがあります。Cの苦しそうな描写があり、Mがやや迷ったような感じの中で男に「帰って」と言います。Cのほっとした描写がありました。

 

Mは引っ越しを決断し、その家を去っていきます。ただ、引っ越す際に、何やらメモに言葉を残し、そのメモを家の壁の隙間に隠して去っていきます。

 

Cは取り残されます。その家に新しい家族が引っ越してきます。Cが立てる物音などの異常現象に怯えてその家族は引っ越していきます。次の家族(かどうかよくわからない)がやってきます。このシーン、正直、眠くなりながら一生懸命目を見開いていたのですがよく覚えていません。ひとりの若者が何やら意味不明な宇宙論のようなことを述べていました。いずれにしても、その家族みたいな人たちもその家を去っていきます。

 

Mが去ったこの間、CはMが残したメモを取り出そうと壁をごりごりかきむしりますが取り出すことが出来ません。また、隣の家の窓には同じような幽霊が見え、ふたりで会話(といってもスーパーが出るだけ)を交わしたりします。

 

意味不明ですが、そもそも理屈で考えるような映画ではありませんので、そういうものなんだろうと見ていくような映画です。え?どういうこと?などと考えるような映画ではありません。

 

で、幽霊が出るとの噂でも広がって借り手がなくなったのか、その家はブルドーザーで壊されます。

 

その後、Cがビルから空に舞う(飛び降りる?)シーンがありましたが、その場所にそのビルが建ったのかどうかはよくわかりません。

 

何もなくなった草原に変わります。幌馬車の家族がやってきます。男が杭をうちテントを立て野営することにしたようです。時代が遡って開拓時代になっています。ただ、その家族は、次の朝、弓矢で撃ち抜かれ皆殺されています。

 

その場所に家が経ちます。MとCがやってきます。Cが置かれているピアノを見つけ、これも借りられるのかと軽やかに(おそらく)自作の曲を弾きます。ふたりはその家を借りることにします。

 

シーツをかぶったCがじっと見つめています。

 

ある夜、シーツCが、(なぜだったか思い出せませんが)ピアノをがーんと鳴らします。驚くMとC、つまり、Cが亡くなる前のシーンの繰り返しです。

 

CがMに、わかった、引っ越そうと同意し、そして次の日(かどうかは曖昧)、事故で亡くなります。

 

Mは引っ越し、誰もいなくなった家、シーツCは、やっと壁の隙間に隠されたMのメモを取り出します。そして、メモを広げてそれを目にした瞬間、シーツCは跡形もなく消えて、ふわりと落ちたシーツだけが残っているのです。

 

という、「愛」という概念が「あなた」を包み込むように見守っているという映画でした。

 

この映画、フィルムで言えばスタンダートサイズ4:3で撮られており、さらに角がラウンドになっています。ラウンドにした理由はわかりませんが、スタンダードサイズはクラシカルなイメージを出したかったからでしょうし、頻繁に単焦点レンズで撮っていたのも同じような狙いからだとは思います。

 

でも、正直、(少なくとも私は)鬱陶しく感じます。もうすでに使い古されている感じで、かえって、その意図が見え透いて気がそがれます。それに、私が見た上映館は、デジタル上映になってからはカットマスクを使わずスクリーンは常時全面固定で上映していますので、スクリーンの白い部分が大きくてとても見づらいです。まあ、これはこの上映館が手を抜いていてダメなんですけどね。

 

ということで、あまりおすすめできる映画ではありませんが、ただ、ルーニー・マーラのファンとしては、未見の同じくデヴィッド・ロウリー監督の「セインツ -約束の果て-」を見てみようかと思う映画ではありました。

 

セインツ(字幕版)

セインツ(字幕版)