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「ナチス第三の男」(ネタバレ)ハイドリヒ暗殺計画が題材の二部構成ダイジェスト版映画

2014年の本屋大賞「翻訳小説部門」第1位『HHhH プラハ、1942年』(ローラン・ビネ:著、高橋啓:訳)が原作の歴史もの映画で、

原作タイトルの「HHhH」とは、「Himmlers Hirn heiβt Heydrich(ヒムラーの頭脳、すなわちハイドリヒ)」を表す。(図書新聞

とのことです。

 

ナチス第三の男

ナチス第三の男 / 監督:セドリック・ヒメネス

 

ナチスに明確な序列があったわけではないでしょうが、ヒトラーの側近の一人であるハインリヒ・ヒムラーの片腕として親衛隊(SS)の実力者となっていったラインハルト・ハイドリヒを描いているということで「ナチス第三の男」ということなんでしょう。

 

ハイドリヒは、1941年にチェコのベーメン・メーレン保護領、つまりドイツ軍が侵略し保護領としたということだと思いますが、そこの副総督に任命され、1942年5月27日に暗殺されています。

 

上に、この映画がハイドリヒを描いているような書き方をしましたが、実はそうではなく、まるで二部構成のようなつくりになっており、前半はハイドリヒが保護領の副総裁になるまで、そして後半はイギリスのチェコスロバキア亡命政府から送り込まれた暗殺部隊の二人がハイドリヒを暗殺し、その後ナチスに追い詰められて自決するまでを描いています。

 

なぜそうしたつくりにしたのかはわかりませんが、とにかく結果としてよくないです。二部構成だけが原因ではありませんが、映画の視点が散漫で、何か物語のダイジェスト版を見ているような映画になっています。

 

それに、ナチスの、それも親衛隊の将校が英語で会話するってどういうこと? と思います。いくらなんでも嘘っぽくなるでしょう。ちょっと理解できませんが、とにかくすべて英語で作られています。

 

語られる物語の大筋はおそらく史実なのでしょう。

映画はまず最初にハイドリヒの暗殺シーンのさわりを見せ、その後、1930年頃のハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)に戻ります。なにかのパーティーでナチ党員であるリナ(ロザムンド・パイク)と出会い、その後(多分)婚約します。

ハイドリヒは有能は軍人だったようですが、1931年に軍関係の女性との婚約トラブルから軍法会議にかけられ除隊させられます。失意のハイドリヒですが、リナが奮い立たせ、ナチ党に入党させます。

 

このシーン、除隊させられた腹いせに部屋中の家具を壊したり物に当たり散らすことで凶暴さのようなものをみせ、その逆に、今度は泣き始めるという弱さをみせ、それをリナが頬をはたきはしませんが、そのような素振りで、男でしょ!みたいにハイドリヒを鼓舞するシーンにしていました。

 

この後ハイドリヒはヒムラーに見出され、親衛隊の情報部(諜報部?)を任せられどんどんナチ党内(親衛隊内)で出世していいきます。

 

このあたりの描写も相当荒いです。とにかく敵とみなすものは撃ち殺すわ撃ち殺すわで死体の山です。党内抗争で敵対者を殺害するシーンもありましたが、その経緯や内情が描かれる(語られる)ことはありません。ですので、全くハイドリヒの人物像も浮かび上がってきません。

 

ウィキペディアでこのあたりのことを読んでみますとかなりいろいろあるのですが、いま映画を思い出そうとしても、誰彼なく撃ち殺すシーンが浮かんでくるだけで、たとえ二部構成だとしても1時間、一体何が描かれていたんだろうと不思議でなりません。

 

とにかく、ハイドリヒは出世し、1941年にベーメン・メーレン保護領の副総督に任命されます。たしかこの時すでにリナとの間に2人の子どもがいたと思いますが、リナの3人目の出産シーンを入れたり、ハイドリヒが息子にピアノを教える場面や、後にはハイドリヒがバイオリンを弾き息子と競演するシーンなど、前後の脈絡なくいろんなシーンが入っていた印象です。それがダイジェスト版に感じられる原因でしょう。

ああ、そういえば、仕事に夢中の(?)ハイドリヒにリナが家族と過ごす時間はないの? と、失意のハイドリヒを立ち直らせたあのシーンとは対照的な、やや悲しげな表情でハイドリヒにすがるシーンも入れていました。

 

よくわからん。

 

で、第二部です。

チェコスロバキア亡命政府からの暗殺部隊が雪の平原にパラシュートで降り立ちます。部隊は7名だったようですが、映画はヤン(ジャック・オコンネル)とヨゼフ(ジャック・レイナー)の2人を軸に描いており、その後登場する幾人かの人間関係がチェコ内のレジスタンスなのか、部隊の他の兵士なのかあまりはっきりしません。

 

この後半もかなり散漫で、と言いますか、あるいは私が散漫だったのかもしれませんが(笑)、何を描こうとしたのかはっきりしません。こういう物語の常道なんでしょう、女性との出会いと恋愛シーンがかなり多めで、ヤンはレジスタンスの娘(か本人もか?)のアンナ(ミア・ワシコウスカ)と出会い…、って、アンナはヤンを匿ったその日に、ここは私の部屋なのよとヤンのもとにいき、父には内緒よとそのままベッドインしていたように思いますが、見間違い?

ヤンもチェコ人なんでしょうから知り合いだったのかもね? それに、まあ時代の空気も刹那的だったでしょうからそれもありかも知れません。

 

ということで、暗殺計画の準備も進みということなんですが、やはりこれも思い返してみても何が描かれていたのか思い出すことがありません。計画の準備といってもワンシーンそれらしきシーンがあったくらいだったと思います。

レジスタンスの「三人の博士」という言葉もいきなり登場し、いったいどういう人物かもわからないまま、ひとり死にふたり死にと知らない間にひとりになっており、最後のひとりはハイドリヒに追い詰められ皆が見ている前で自決していました。この「三人の博士」、原語(英語)では Three Kings ですが「博士」と訳されていたのはなぜなんでしょう? そういう意味もあるんですかね?

 

そして、1942年5月27日、暗殺決行の日、映画の冒頭とほぼ同じシーンが繰り返されます。プラハの街をベンツのオープンカーで走るハイドリヒの前にヨゼフが飛び出して機関銃を構えます。しかし、何かの理由で発射しません。ハイドリヒが立ち上がって応戦しようとしたその時、ヤンが手榴弾を車に投げつけます。手榴弾は車の下で爆発、ハイドリヒは重傷を負います。

ハイドリヒは駆けつけた部下たちによって救出されますが、一週間後に死亡します。

 

一方のヤンとヨゼフは何とか逃げおおせますが、その後の親衛隊(ゲシュタポ?)の追求に仲間(じゃないかも?)の一人が耐えかねて密告し、追い詰められ、最後は協力者でもある教会に逃げ込み、地下に隠れているところを水攻めにあい、もはやこれまでと二人ともに頭を撃ち抜いて自決します。

 

という映画で、映画のことはこれ以上書くこともありませんが、この機会にいろいろ読んだウィキペディアがなんだか異常に詳しいことに不思議な感じがします。何か記録が残っているのでしょうか。

 

この暗殺計画、「エンスラポイド作戦」というらしいのですが、そのウィキペディアにこんな記述があります。匿っていた家の主が拷問を受けるのですが、

6月17日午前5時、モラヴェック家の住まいがゲシュタポの手入れを受けた。家族はゲシュタポがアパートを捜索する間廊下に立たされていたが、モラヴェック夫人はトイレに行く許可を受け、青酸カプセルで自殺した。夫は家族のレジスタンスとの関係を知らなかったが、息子のアタと共にペケック・パラク(Pecek Palac)に連れて行かれた。ここでアタは一日中拷問にあった。彼はブランデーで酔わされ、水槽に入った母親の切断された首を見せられた。最終的に、アタ・モラヴィックはゲシュタポに彼が知っていることを全て自供した。 

 と書かれています。詳細過ぎませんかね?

 

ということで、事実をもとにさわりだけをなぞったようなダイジェスト版の映画でした。

 

HHhH (プラハ、1942年)

HHhH (プラハ、1942年)

 

 

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