そんなには褒めないよ。映画評

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「英国総督 最後の家」イギリス目線のインド・パキスタン独立(秘話までいかない)歴史ドラマ

何となく気にはなっていたのですが、そのイメージ画像の印象がいかにも定形パターンのヒューマンドラマっぽくてパスしていた映画。映画.com の評価欄を何気なく見ていましたら、意外にもちゃんとした歴史ドラマの予感、見てみました。

 

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公式サイト / 監督:グリンダ・チャーダ

 

インド独立前夜の1947年前後をイギリス目線で描いた映画でした。確かに、歴史上の人物、最後のインド総督であるマウントバッテン卿はじめ、ガンディー、ネルー、ジンナーなど、名前だけですがチャーチルも頻繁に登場します。

 

そういう意味では歴史ドラマではあるのですが、描き方はハリウッドタイプのエンターテインメントで、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立を、温情あるイギリス人総督が何とか収めようとしますが、時すでに遅く、インドは分離独立の道を歩むことになり、その裏に、実は強国(イギリス、アメリカ、ソ連)の利害をめぐるエゴが働いており、それを知らずに利用されていたとイギリス人総督が罪悪感を感じるというつくりになっています。そして、エンターテインメントですから、恋愛要素として、ヒンドゥー教徒の男性とイスラム教徒の女性の悲恋物語が同時に描かれていきます。

 

インド独立の経緯どころか、中学校(小学校?)で教わった四大文明云々以外のインドの歴史をほとんど知りませんので、この映画を契機に興味が湧いてきたという点では悪くはない映画です。

 

何にしても、いずれ中国の人口を抜くのではないかと言われているインドに、共に世界の人口10位以内のパキスタンとバングラディシュですし、それになんといってもインドとパキスタンは核保有国ですからね。いずれ世界の中心がアジアに移ることだって考えられます。

 

1947年、第二次大戦終結2年後です。世界帝国を誇ったさすがのイギリスも、2つの大戦で国力が落ち、インド国内の独立運動を抑えきれなくなり、インドの施政権(でいいのかな?)を手放すことを決めます。

その権限委譲のために最後のインド総督してマウントバッテン卿(ヒュー・ボネビル)と妻エドウィナ(ジリアン・アンダーソン)がインドにやってきます。

 

インド総督府って、現在は大統領官邸になっているらしく、これですよ、これ。

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Rashtrapati Bhavan - The President of India

 

映画でも使用人500人とか言っていましたが、まあ王様みたいなものだったのでしょう。使用人って言葉もなんだか嫌な言葉ですが、皆インド人で民族、宗教など様々なようです。

 

マウントバッテン卿夫妻が実際どういう人物であったかはわかりませんが、映画の中では、まずどちらも温厚で、たとえ使用人と言えどもインド人を見下すようなことがなく、むしろ尊重し、特に妻のエドウィナの方は、たとえば料理にしても、特に英国式でなくともいいとわざわざ調理場まで赴くというシーンを入れていました。

 

他にも、2,3シーン、エドウィナが顔を(演技で)斜めに傾け、教え諭すように人間関係の正論を語るシーンがあり、結構この俳優さんの演技にはうるっときます。

 

で、マウントバッテン卿の役割は、大英帝国の威信をかけて混乱なくインド統治の権限を移譲することにあります。

 

対立関係は、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の宗教対立が全面に描かれていましたが、ネルーを代表とする国民会議というのは宗教団体ではなく世俗的な政党のようで、多数派であるがゆえに統一インドとしての独立を求めており、一方のジンナー率いるムスリム連盟は、イスラムですのでおそらく宗教イコール政治ではないかと想像しますが、イスラム国家として分離独立を主張しています。

ただ、ウィキペディアを読みますと、ジンナーももともとは国民会議に所属していたようで、読んでいてもかなり難しく、いろいろな経緯を経て結果として分離独立を志向するようになったのではないかと思います。

 

インド独立の父であり、非暴力不服従という価値観を世界に広めたガンディーも出てきますが、映画では立ち位置がはっきりしておらず、統一インドを望むが積極的には関わってはいませんでした。

 

とにかく、映画自体がイギリス目線ですし、おそらくそれぞれに深入りしたら収拾がつかなくなり、とてもエンターテインメントにはならないという判断なのでしょう。歴史の表に出てきた事柄を並べているという感じです。ただ、すでに映像のある時代ですので、この3人の人物のビジュアルにはかなり気を使ってそっくりにしていました。白黒のニュース映像がいくつか流れていましたが、当時の映像に映画の俳優を合成していたように思います。

 

そうこうしているうちに、市井での対立が激化し民衆が暴徒化します。マウントバッテン卿は収拾がつかなることを恐れ、一旦帰国し、本国で分割案の支持を取り付けます。

 

これは創作ではないかと思いますが、その(国境の)線引きを一人の弁護士に依頼します。ところが、弁護士は最後の最後に決断できません。

その時、この人物もどういう立場なのかよくわかりませんが、おそらく総督の部下でありながら、本国でもそれなりの人脈を持っているのでしょう、その人物が弁護士にある文書を見せます。

それは、すでに2年前(だったかな?)チャーチルが承認した分割案であり、イギリスの(対ソ連の)利権を守るための重要な港であるカラチをパキスタン側に線引きした国境案です。

つまり、イギリスとジンナーとの間で、独立後にイギリスにつくことを条件にパキスタンの分離独立を認めるという密約がなされていたということです。

 

これが史実であるかどうかは調べていませんのでわかりません。

 

で、マウントバッテン卿はショックを受けますが、映画的に何か起きるような重要な扱いはなく、罪滅ぼしのような格好で、妻ともども独立後もインドに残ると語っていました。

 

そして、インドとパキスタンは独立を果たします。

 

ヒンドゥー教徒のジートとイスラム教徒のアーリアの悲恋物語はほぼ定型で、アーリアには婚約者がいて、最初はジートを避けようとしていたのですが、次第に惹かれるようになり、互いに愛し合いますが、戦争にいっていた婚約者が戻り、パキスタンで暮らすことになります。ところが、移動中の列車が暴徒に襲われ、皆虐殺されたとの一報が入り、すでに叶わぬ恋と諦めていたジードはさらに絶望します。しかし、独立後の混乱の中で二人は再会します。

 

という話で、どうなんでしょう、とてもインド的とも思えない、ヨーロッパ的な恋愛感覚の悲恋物語だと思います。

 

監督のグリンダ・チャーダさんは公式サイトによりますと、「1960年、ケニヤのナイロビで、シク教徒のインド人家庭に生まれ、2歳のとき、家族でウェスト・ロンドンに移住。」とありますので、アイデンティティはインドかもしれませんが、文化的にはイギリス人なんだろうと思います。

 

という、知らないことを知りたいと思うきっかけにはなりますが、映画としては新鮮味のないイギリス目線の歴史ドラマでした。