そんなには褒めないよ。映画評

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「検察側の罪人」(ネタバレ)この監督、俳優を信頼していないですね。

洋画にしても邦画にしても、あまりメジャーなものは見ないのですが、何となく足を運んでみました。…ら、すごいですね、超満員でした。それも月曜の昼間なのに、学生さんというわけでもなく、高齢者というわけでもなく、月曜休みの方というのも意外と多いのかもしれません。

 

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公式サイト / 監督:原田眞人

 

んー、これは小説で読むべき物語かもしれません。言い方を変えれば、この映画のままの小説なら、その小説はつまらないですね。

 

何にしてもまず、言葉が過剰で説明的な台詞が多すぎます。物語を追っかけるだけに疲れてしまい、人物像や主題に深く入っていけません。

 

物語がかなり重層的に作られ、かなりの人物が関わっているのですが、その名前が次々に出てくるために頭の中で相関図が描ききれません。 

 

まず、中心となる、最上(木村拓哉)、沖野(二宮和也)、そして周辺の検察、警察関係の人物がいます。

最上と沖野が扱うことになる老夫婦殺害事件の容疑者、松倉(酒向芳)、弓岡(大倉孝二)、そして被害者の息子のヤクザがいます。

最上の友人である衆議院議員の丹野(平岳大)、その義父で政界の大物(らしい)高島(矢島健一)、そして丹野の妻と、関係する極右団体なのか新興宗教団体なのか意味不明の集団がいます。

沖野の事務官で、検察内部の暴露本を書くために潜入している橘(吉高由里子)と雑誌社の人物がいます。

最上の捜査協力者で、裏社会とつながっている諏訪部(松重豊)とその助手の女性がいます。

松倉の国選弁護人となる小田島(八嶋智人)と、意味不明だけど大物人権弁護士の白川(山崎努)がいます。

最上が割烹で会う二人がいましたが、あれ、誰なんでしょうね?

そして、最上の妻と娘も意味ありげな人物になっていました。

 

これだけの人物を出しているのですが、考えてみれば、それぞれがほとんど絡み合っておらず、別にいなくてもいいんじゃないの、って人物も多いです。

 

原作を読んでいませんのでどの程度忠実に作られているのかはわかりませんが、映画なんですから、テーマと本筋を守れば人物は端折ってもいいように思います。

 

衆議院議員の丹野の話なんていらないでしょう。中途半端に政界汚職の話を入れたって、せいぜい社会派ドラマの口実になるくらいで、どんな汚職なのか、義父の高島がどんな悪事を働いたのかも描かなくて何の意味があるんでしょう。丹野は義父の(妻のだったかな?)所有のホテルから飛び降り自殺するんですが、義父に罪を被せられ逮捕されそうになりました、自殺しました、って、事実だけ並べてるんじゃ映画にならんでしょう。それに今の政界の問題はそんなクラシカルな汚職が問題ではありませんよ。

丹野の妻の団体は何を風刺しているつもりなんですかね。日本会議ですか? 〇〇教会ですか? 〇〇学会ですか? 丹野が飛び降りたホテルはアパホテルですか?

 

暴露本を書くために事務官として潜入しているとかの橘もいらないでしょう。あれ、雑誌社との契約で潜入しているんでしょう。退職(解雇?)後、なぜ暴露本を書かないんでしょうかね? 沖野との関係で書かないのなら、あれだけ意味不明なレストランでの相談シーンを入れているわけですから、どっかでその回収をしておかないと映画にならないでしょう。

 

沖野を試すためなのか、最上が自分の捜査協力者である諏訪部を尋問させていましたが、あれ、どういう意味ですかね? あんなシーン、いらないでしょう。

 

人権派の大物弁護士、白川って何者(笑)? それに、最上が割烹で会う二人や割烹の女将、いらないんじゃないの?

 

これですっきりしました(笑)。

 

物語の本筋が見えてきました。こういうことでしょう。

有能な検事最上とそれを慕う(尊敬する)新人検事沖野がいます。老夫婦殺人事件が起き、最上と沖野が担当します。最上は、その容疑者の中に、松倉の名前を認めます。

実は、その松倉は、すでに時効が成立している殺人事件の容疑者として最も犯人に近いとされていたものの証拠不十分で不起訴になった人物なのです。さらにその被害者というのは、最上が大学生だったころの学生寮の管理人の娘であり、最上自身が(おそらく)妹のように可愛がっていた娘なのです。

松倉を別件で逮捕します。有力証拠がありませんので尋問で自白を迫るのですがなかなか落ちません。ある時、沖野が揺さぶりをかけますと、松倉が突然その時効になっている殺人事件のことを喋り始めます。

最上は、松倉が老夫婦殺人事件の犯人であるかどうかにかかわらず犯人に仕立て上げ、過去の殺人事件の罪を償わせようとします。

 

最上の捜査が強引になっていきます。沖野は、最上を信じつつも次第に疑問を感じ始め、検事を辞めてしまいます。

 

この映画を面白くするのならここからですよね。最上だって、いくら忘れられない過去であっても、その後20年(くらいかな?)、検事として信念を持ってやってきているわけでしょう。言葉に出来ないくらいの葛藤があるでしょう、それを描くのが映画だと思います。

沖野にしても、尊敬する最上がどんどん変わっていくところを目にし混乱もあるでしょう、自分の将来も考えるでしょう、退職するにしても迷いもあるでしょう。それを描くのが映画だと思います。

 

ふたりの心の動きを描いていけばいくらでも面白くなりそうです。

 

ところが映画はふたりの内面を追うことなどせず、どんどん物語を進めようとします。

老夫婦殺人事件の重要参考人として、犯人しか知りえないことを吹聴している弓岡の名前が挙がります。最上は、松倉に罪を着せるために、弓岡から殺害の方法を聞き出し殺してしまいます。(正直、この辺、映画としても無茶苦茶)

最上は、弓岡の話を元にした有力証拠を捏造し、松倉に罪を着せ、逮捕にこぎつけます。

 

松倉には国選弁護人が付きます。沖野は協力を申し出て、最上と争う側に付きます。このあたりも、ふたりの対立を(ちゃんと)描けば面白くなりそうなんですけどね…。

 

相変わらず映画はとんとんとんと物語だけ進めます。

裁判を前にして(だったと思う)、松倉のアリバイが証明され釈放されてしまいます。この時の最上ってどう描かれていましたっけ? 多分、大したシーンはなかったと思います。殺人まで犯して有罪にしようとした松倉が釈放されてしまったんですからなんかないといけないでしょう。

とにかく、誰が図ったか、実行犯は諏訪部なんですが、交通事故を装って松倉を殺してしまいます。(なんじゃ、これ?)

 

ラストにおまけシーンがついています。

沖野が最上の元を訪ねると、最上は丹野の日記、たぶん自分が罪を着せられた贈収賄事件の真実、政界の黒幕高島を失脚させる証拠を見せるのです。

 

それを最上がどうすると言ったのか、沖野にどうしろと言ったのか、忘れてしまいました。この映画としては重要だったのかもしれませんが、正直大したことではないですよ。これって、政治の世界への認識が古すぎると思います。今政治の世界で問題となっているのはそうしたクラシカルな汚職ではなく、もっと陰湿で危険な思想的なものです。

 

思想と言えば、最上をはじめ何人かが、祖父がインパール作戦の生き残りだとか言っていましたが、あれ、なんだか取ってつけたような感じでしたね。何をどうしたかったのでしょう? 捜査がインパール作戦みたいだってこと? それはないですよね。今の政治や世相を皮肉っているんでしょうか?

 

ということで、面白そうな話だったんですが、主役のふたりではなく、周りの登場人物のキャラ作りに力がいってしまって、肝心のテーマや本来厚く描かれるべき最上と沖野のふたりが奥へいってしまった映画でした。

 

木村拓哉、二宮和也、ふたりの俳優の力を信じて作れば良作になった予感。

 

検察側の罪人 上 (文春文庫)

検察側の罪人 上 (文春文庫)

 
検察側の罪人 下 (文春文庫)

検察側の罪人 下 (文春文庫)