そんなには褒めないよ。映画評

映画を見てから読むブログ

「カメラを止めるな」(ネタバレ)緻密な計算と隙きのない間合いの映画、ただし面白いのは1/3

小規模の公開が口コミで評判を生み、ついには全国◯館で公開! なんて宣伝文句はアメリカ映画ではよく目にしますが、日本でもついにそうしたことが可能な配給環境になったんでしょうか。

8月4日の映画.comの記事では「東京2館での公開から全国124の劇場での公開」 と記されています。

 

f:id:ausnichts:20180804202330j:plain

公式サイト / 監督:上田慎一郎

 

とにかく、面白いらしいということで見に行きました。

 

何と! 500席くらいの劇場での上映です。興行サイドも相当期待したんでしょう。入りはまあぼちぼち、さすがに若い人が多かったです。

 

で、自分からは何の情報も入れずに、ちらちらと目にした「ホラー」、「ワンカット」程度の情報で、正直なところ、まあ、こういうのは宣伝倒れって場合が多いからなあなどと斜に構えて全体のおよそ1/3くらい、たしかにワンカット(じゃないと思うけど…)で撮られたホラーだねぇーと、しらーと、なんだか画面は荒れているし、妙なところの多い映画だなあと気になりつつも、そら見たことか、だから言わんこっちゃない、つまらん! と思っていましたら、何と、そのワンカットホラーは、その1/3あたりでオチまでついて、エンドロールが流れるではありませんか…。

 

ああ、こりゃ、面白いのは次だね、と逆に期待は高まり、待っていますと、ワンカットホラーの監督役の男のアップ、つまり映画の中の現実のシーンとなり、この男、実はテレビの再現フィルムの監督をやっている男らしく、ある日、その男に衛星かケーブルかのチャンネルから、「ホラー、ワンカット、生」という条件の番組制作の依頼がきます。

 

じゃあ、さっきのワンカットホラーがそれだよね、ってわかりますが、じゃあ、監督であるはずの男がなんで監督役で出ているの? それに、ワンカットホラーでは、えらい入れ込んで俳優に怒鳴りまくり、納得がいかないからと45(だったか、それくらい)テイクをやらせていましたが、この映画での現実シーンでは、えらく控えめで、(抑えていることはわかりますが)何でもはいはいと言うことを聞く監督のキャラクターとなっています。

 

男には家族があり、妻は…、ん? ワンカットホラーに登場していたメイクさん役? しかし、その女は俳優でもなく、主婦をしているらしく、ただ、話が進んでいきますと、どうやら元女優で、今でもなんとなく未練もあるらしく、夫の仕事にも興味津々、シナリオをよく見ているようです。

 

娘がいます。父親の影響でしょう、ADをやっています。ただ、この娘、かなりの入れ込み体質で、なおかつそれを抑えられない性格らしく、ある撮影現場で俳優に対してしつこくダメ出しするシーンがあり、それが原因でクビになっています。どうやら、そうしたことを幾度も繰り返しているようです。

 

ワンカットホラーの企画は進みます。

ゾンビになる男の俳優はいちいち理屈をつけて監督に逆らう能書き男、襲われる女の俳優は、あれはダメこれはダメとクレームはつけるのに、その理由に必ず私はいいけど事務所が…と自己弁護するぶりっ子タイプです。

このふたりのキャラは、実際に映画界ではこういうタイプが多いのか、あるいは、ある種ステレオタイプな男女観が無意識に反映されているのか、あるいはまた、それをわかった上でギャグとして利用しているのか、どちらにしても、脚本、あるいは監督(どちらも上田慎一郎さん)の感覚が現れています。

 

ということで、このワンカットホラーの準備期間が1/3ほど続きます。ここも、なにも面白いところはありません。

 

残り1/3、いくらなんでもこれだけ騒がれているのですから、何かあるはずです。

 

正直なところ予想がつきません。

ただ、話の展開からすれば、残るはワンカットホラーの実際の撮影しかありませんし、その映像は最初の1/3で見ていますし、ここで何かなければ、さすがに金返せですよ(笑)と思いながら、キーは、監督の男と妻が俳優として登場していることと「ポン!」、このポン、主婦である妻が昼間のテレビで護身術を見ている際のポンであることはもう明かしていますからねぇ、何かあるでしょう。

 

ということで、残りの1/3は確かに面白いです。思わず笑わされます。

この笑いは、間合いによって生み出されるものですので、言葉で説明してもおそらく何も面白くはないでしょう。見るしかないと思いますし、この映画の笑いは間合いの面白さですので、これもおそらくですが、何度見ても笑えるでしょう。

 

「ホラー、ワンカット、生」の放映2時間前、ワンカットホラー映像内の監督役とメイク役の俳優が事故で来られなくなります。別の俳優を呼ぶにも間に合いません。

件の監督役の男が自分がやるといいます。

妻と娘がたまたま(であるわけはないけど(笑))撮影の見学に来ています。娘が妻を後押しして出演させます。妻もそもそもが俳優に未練があるわけですからその気になります。

ただ、夫である監督は反対します。なぜかがどこで明かされたかは記憶がありませんが、結果としてこれも伏線になっており、つまり、妻が俳優をやめたのは、役にのめり込みすぎて映画をぶち壊してしまうからであり、監督である夫はそれをよく知っているからです。

ただ、背に腹は変えられぬということで、妻をメイク役にして撮影がスタートします。

 

といったことでわかると思いますが、この後も次々にトラブルが発生します。それが面白いということです。

 

トラブルが笑いに変わるというのは、たとえばYouTubeに上げられている動画の笑いにこのパターンが多いことでもわかる通り、笑いのひとつの定型です。

ただ、それを計算して行うということは誰にでもできることではありません。才能でしょう。

 

次から次へと起きるトラブルを笑いに変えていきます。

俳優のひとりがアル中で、差し入れの酒を飲んで酔っ払ってしまったことを逆にゾンビらしくしたり、アドリブでつなぐことに例の「ポン!」が利用されたり、準備が間に合わない間合いをレコードの針飛び(わからないか(笑))のようにリピートで埋めたり、カメラマンが腰痛持ちであるとの伏線から、それまで動き回っていたカメラが転がって静止したり、とにかくそうした、ある種最初に見たワンカットホラーの種明かしのようなドタバタ劇が続きます。

 

そしてそこにはまた、映画作りの裏側も笑いの要素として利用しようとしているところがあり、つまり、そもそもゾンビ映画制作の裏側なんて傍から見たら(おそらく)滑稽極まりないだろうという目も見え隠れしますし、常日頃プロデューサー(側)や有名俳優の要望をはいはいと聞かざるを得ない監督が突然マジギレして俳優に本音をぶつけるところを見せたりしており、あるいはこれらは、映画は理屈じゃないよという監督本人の思いがあるのかもしれません。

 

そしてラスト、ワンカットホラーのオチとなるラストカットを前にして、どうしても必要なクレーンが壊れてしまいます。はっきり記憶していませんが、当初その渋い(?)演技で代役を果たしていた監督の妻が、後半その本性(笑)を現して忘我の境地で手がつけられなくなり、ついにはクレーン壊してしまったという流れになっていたように思います。

こうしたことはかなり緻密に計算されています。

 

で、その危機を救ったのが監督の娘です。娘をADという設定にし、入れ込みやすいキャラにしているのもこのオチからの逆算だと思いますが、このラスト前にも一度中断の危機を救うシーンがあり、その時はADの席を奪っていました。本来そこは監督が座る席ですが、なにせ監督は出演し、その後もドタバタに参加せざるを得なくなっていますので、ADが進行を取り仕切っているということです。

 

クレーンがなくラストシーンを前にしてとうとう中断かと皆が諦め始めた時、娘が幼い頃の思い出の写真、カメラを持った自分が父親に肩車をされている写真を見て(なぜ写真があるかは省略)、組体操のピラミッドをクレーン代わりにすることを思いつきます。

 

そして、ワンカットホラーのオチもつき、無事「ホラー、ワンカット、生」の放送は終了します。

 

ということで、最後の1/3は最初に見たワンカットホラーの種明かしがされているということであり、そのドタバタの計算された緻密さやスキのない間合いが素晴らしいということです。

そしてまた、これはあまり強く主張していないがゆえに逆に好感が持てることですが、映画はスタッフ、キャスト全員が力を合わせて初めて素晴らしいものになることを監督自身の実感として伝えようとしているのでしょう。

 

人間は時間に支配された存在ですので、ある意味、終わりよければ全てよしということも真理ではありますが、映画そのものとして、初めの2/3を楽しめるかといえば疑問もあり、こうしたつくりのものは一回こっきりのアイデアで終わると思います。

おそらくかなり緻密にシナリオが書かれていると思われ、またそれを撮影、編集で隙なく完成させる力はあるのでしょうから、それを映画全編で発揮した作品を期待したいと思います。

 

Keep Rolling (映画『カメラを止めるな!』主題歌) [feat. 山本真由美]

Keep Rolling (映画『カメラを止めるな!』主題歌) [feat. 山本真由美]