そんなには褒めないよ。映画評

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「祝福~オラとニコデムの家」作られた感が強い割に中途半端に感じられるドキュメンタリー

ドキュメンタリーでこういう画が撮れるってのはすごいですね。

被写体がカメラを意識してしないですし、被写体が自分をさらけ出しているように見えます。つまり、これをドラマと言われれば、演技にリアリティがあると評価されるということです。

 

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公式サイト / 監督:アンナ・ザメツカ

 

ワルシャワ郊外の街セロツク(とのこと)の家族の(おそらく)一年くらいの物語です。14歳のオラは父親と自閉症の13歳のニコデムと小さなアパートで暮らしています。母親は家を出て他の男と暮らしており、まだ生まれて数ヶ月くらいの乳児がいます。

家事やニコデムの世話はすべてオラがやっています。

父親は何らかの仕事をしているようですが、定職ではなさそうで、オラに、今日の分と言ってお金を渡しているシーンがあります。酒好きなようで、外で飲んで帰ってこないのか、オラが酒場へ電話して早く帰ってきて!と、まるで妻であるかのように叱責するシーンもあります。ただ、人は良さそうです。

 

物語の軸となっているのは、ニコデムの聖体式です。

 

ニコデムは自閉症となっていますが、さほど障害が重いようには見えず、やや集中力を欠く場合があるようで、会話が続かなかったり、不自然に見える動きをすることがあります。オラと同じ学校に行っているようで、映画のシーンとしては何も問題なく過ごしています。

 

このニコデム、どんな言葉だったかは記憶していませんが、時に(字幕を読んでいて)え? 今の言葉、真理をついていたんじゃない? と思うようなことを言います。

 

オラは、ニコデムが無事に聖体式を終えられるよう、何度も根気よく練習させます。

 

その理由を、公式サイトでは、オラが「弟の初聖体式が成功すれば、もう一度家族がひとつになれると」考えているからとしていますが、そのように見ればそう見えるということ、つまり、監督が描こうとした物語はそうであるけれども、実際オラがそう考えていたかどうかはわかりません。もう少し淡々としています。

 

聖体式が無事にいったかどうかはわかりません。ただ、その席に母親も同席し、その後、母親も交えて食事をするシーンがあります。

 

唐突に、母親が赤ん坊を連れて戻ってきます。ただ、また、すぐに出ていってしまいます。あるは、帰ってしまいます。

 

説明などありませんので想像ですが、何らかの理由で一晩泊まっていったのでしょう。母親も一緒に暮らすことになったという展開には見えません。

 

で、これまた、唐突に映画は終わってしまいますので、ラストカットも記憶していません。

 

…というオラの日常生活が、それぞれのシーン、とてもカメラを向けられているとは思えない感じで撮られています。

 

冒頭にも書きましたように、その点ではすごい映画だと思います。ただ、問題は、当然のことですが、ドキュメンタリーは嘘のない真実というわけではないということです。

 

この映画のオラやその家族が嘘だと言っているのではなく、監督自身が公式サイトのインタビューで語っているように、これは監督が描いているオラの物語だということであって、オラにとっては、もし、この映画の被写体となっていなければ、この映画に出演していなければ、違う時間を持っていたということです。

 

オラにカメラを向け、オラの家族にカメラが入り込むことによって、オラにとっても、家族にとっても違う未来になったということです。

 

それは、一年間カメラを向け続けられた者がどう変わっていくかということで、次第にカメラに慣れることと演技することにどれほどの違いがあるかということです。

 

こうしたことを非難しているわけではなく、ドキュメンタリーとドラマの差などないということが言いたいだけで、そうした視点から言えば、果たしてこの映画が完成されたものかどうかは疑問が残るということです。

 

つまり、ドキュメンタリーとしては作られた感が強すぎますし、ドラマとしてはかなり中途半端です。

 

作られた感というのは、言葉での誘導も指していますが、たとえば、公式サイトには、父親は「酒で問題を抱える」と、まるで依存症であるかのように読めますが、映画の中にそのようなシーンはありませんし、酔っ払って帰ってくることもありませんし、ワンシーン、酒がどうこうとかの言葉がありましたが、とにかく映画(だけ)を見る限り、好ましい父親とは言えないにしても、問題が多いようには見えません。

 

ニコデムにしても、映画(だけ)を見る限り、学校でも問題なくやっていますし、教師や周りの生徒とも問題を起こしているシーンはありません。

 

そして、これが一番気になりますので再度書きますが、オラが「弟の初聖体式が成功すれば、もう一度家族がひとつになれる」と考えているようには見えません。決して好ましいことではないのでしょうが、オラは現在の生活を受け入れ、家のこともニコデムの世話も自分のやらなくてはいけないこととしてやっているように見えます。

 

とにかく、あのベビーベッドのシーンが、あの意味不明なまま放って置かれているわけですから、あれ以上は説明できないんだろうという、何やら怪しげな感じを拭えません。