裁き

かなり新鮮ではあるが、何が伝わってくるかといえば微妙

久々に「新鮮」さを感じた映画でした。

映画の舞台はインド・ムンバイですが、歌も踊りもありませんし、ベタな人情噺もありません。

ああ、歌はありましたね。ただ、いわゆるボリウッド・ダンスミュージックではなく、民族楽器を伴奏にしたプロテストソングといいますか、民衆詩人のような人がメッセージ性の強い詩を朗唱するように歌っています。

この歌はインパクトがあってはっとさせられます。 

監督:チャイタニヤ・タームハネー

ある下水清掃人の死体がマンホールの中で発見された。ほどなく、民謡歌手カンブレが逮捕される。彼の扇動的な歌が下水清掃人を自殺へと駆り立てた容疑だ。裁判が始まる。弁護士、検察官、裁判官、そして証人たち。階級、宗教、言語、民族など、異なる世界に身を置いている彼らの生活と法廷の一つの裁きが多層に重なっていく。(公式サイト

その歌のシーンが Youtubeにありました。


Dushmanaala Jaan Re (Time To Know Your Enemy) | COURT (2015)

で、何に新鮮さを感じたかといいますと、大きくは2つありまして、ひとつはカメラワークとカメラ位置です。それが、この歌のシーンに特徴的に現れています。

ことの発端となる民衆詩人カンブレ(ヴィーラー・サーティダル)が逮捕される場面です。

カンブレが「兄弟よ!立ち上がれ、反乱の時はやってきた!」などとアジテーションソングを歌う様子が、カンブレのフルショットやバストショットでかなり長くあり、結構引き込まれて見ていますと、終わり近くになり、俯瞰のロングショットになります。

話が前後しますが、このロングショットのフレーミングは映画の始まりからずっと続いてきたものであり、むしろこの歌のシーンのややアップ傾向の撮り方のほうが異質な感じがするくらいでしたので、ああまたロングショットに戻ったねと思ったわけです。

で、そのロングショットのワンカットで何が起きるかといいますと、警官と思わしき制服を着た数人が会場内に入ってきて、やがてその内の2,3人がステージに上りカンブレを取り囲むのです。

結局、カンブレは逮捕されるわけですが、物語のことの発端であり、これからそのことを軸に話が進むだろうと思われる中心的なことが、俯瞰のロングショットのまま進み、見ているものにしてみても、特に切迫感などを感じることなく、ただそのことを事実として認識することになる撮り方だということです。

つまり、人が犯罪(冤罪だとしても)を犯し逮捕されるそのことがこの映画の主題じゃないということです。

そしてまた、この映画は、これから起きるであろう様々なことに対して、その何にも与しない、ある種「神」の視点をこの冒頭の数分で手に入れているのです。

冒頭から続くロングショットも特徴的です。

カンブレが子どもたちに何か教えているファーストカットは室内ですが、これもやや俯瞰で撮られています。次のカットは部屋の外、中庭の見える2階(だったと思う)の廊下、子どもたちがいます。カンブレがフレームインして奥へ歩いていきます。カンブレが見えなくなると次のカット、中庭、しばらくするとカンブレが奥から歩いて来てフレームアウト。

次のカットは(確か)建物の外の道路、このあたりで分かってきます。カメラは全てフィックスでカンブレを追っているのですが、カンブレのいない空間をしばらく見せ、そこにカンブレが現れ移動して次へ行くという撮り方です。

同じ手法で、バスが走る街中の俯瞰のカット、バスを降りたカンブレの移動のカット、ステージのある広場の俯瞰のカットが続き、上に書いたカンブレ逮捕のシーンとなります。

どのカットも、撮ろうとしている人物やバスなどがフレームインしてくるのを待ち、そしてフレームアウトするまでそのまま撮り続けます。

もうひとつ新鮮に感じたことは、タイトルが「court」、意味は法廷や裁判所ということで、確かに物語はカンブレの裁判を軸に進むのですが、そこに関わる弁護士、検事、そして裁判官の描き方が独特なんです。

どんな法廷劇でもそこに関わる人物の日常なり過去なりが描かれるのは当たり前ですが、この映画では、この三人の法廷以外のシーンの多くが、裁判とはまったく関係のない「日常」そのものなんです。

弁護士(ヴィヴェーク・ゴーンバル)は、仕事帰りにコンビニのようなところでワインなど買い物をし、車で家に戻り、そのワインを飲みながらTVを見たりしますが、ただそれだけ、車を運転しているだけ、テレビを見ているだけです(笑)。また、同僚(かな?)たちとバーで生演奏を聞きながら語らい合ったり、なにを話していたのか、多分大したことではないでしょう、とにかくナイトライフを楽しんでいるだけです(笑)。

多分、インド社会のどういう階層のどういう生活環境の人物か見せているのでしょう。この弁護士はヒンディー語と英語しか話せません。ムンバイはマラーティー語が公用語の州らしく、法廷でも、弁護士がヒンディー語か英語で話してほしいという場面がありました。

話はそれますが、台詞の中で言語が変わる場合、たとえば主たる言語が英語で一部フランス語が入る場合の字幕は、フランス語部分を斜体(だったかな?)にするとかのルールがあると思うのですが、この映画、かなり言語が入り乱れていたのでしょうが、全て同じ書体で何がどの言語か分かりませんでした。

話を戻しまして登場人物の日常ですが、一方の検事(ギータンジャリ・クルカルニー)は通勤に列車を使っているようで、(多分たまたま)隣り合わせた女性と何だったか忘れましたが話し込む長いシーンもあり、その後学校へ息子を迎えに行き、家に戻り食事の支度です。生活環境としては弁護士よりも裕福ではなさそうです。

家族で外で食事をし、お芝居を見に行く場面もありました。そう言えば、弁護士もそうですが、食事シーンが結構多かったです。食事ってのは一番生活環境が分かるシーンですね。弁護士と検事、食事をするレストランが明らかに違いました。

具体的には分かりませんが、日常生活を見せることでそれぞれが社会の中でどういう位置にいるのかを見せているのでしょう。

その意味では、自殺した下水清掃人の住まいはスラムのようなところですし、証人として立つその妻も満足に教育を受けられていないようでした。

そしてカンブレはと言えば、やや超然としたところのある人物で、具体的には分かりませんが人権派の活動家でしょう。

結局、自殺幇助の裁判は警察のでっち上げと証明され、カンブレは釈放されるのですが、またすぐに人権派の活動誌(?)か何か冊子を印刷する工場から警察に連行されていきます。

要は、カンブレは、権力にしてみれば抹殺したい人物なんだと思います。ただその現場を担う検事はごく普通の働く女性であり母でもあり、おそらく、描かれはしませんが逮捕する警官たちも同じことでしょう。これらを描きたかったことのひとつだと思います。

で、再び裁判。今度の罪状はカンブレたちの団体がテロリスト集団だ(ったと思う)との容疑です。

今の日本で言えば、共謀罪の容疑です。

長々と読み上げる検事の主張に対して、弁護士が「どこに爆弾が?どこに〇〇が?」とあきれ返りますが、検事は、(確か)「問題はあるかないかじゃない。その可能性がある。」みたいなことを言っていたと思います。

怖いですね。

で、この後どうなるのかと見ていますと、弁護士が被告カンブレは病を抱えているので保釈してほしいと願い出ますが、何と裁判官は「(裁判所は)これから一ヶ月の休暇に入る」とにべもありません。

そして、傍聴席の奥からのカメラが捉えた法廷からは、徐々に人が去っていき、最後に書記官が電源を落とし、法廷は暗闇に包まれます。

普通これで映画は終わりでしょう。

ところがまだ続きがあるのです(笑)。

しばらく黒みが続き、再びフェードインしますと、一台のバスの周りに人が集まっています。全員乗り込み、走り始めますとバスの中はまるで修学旅行のように賑やかです。

何これ? と、よく見ますと、その中心にいるのは、先ほどまで黒い法服を着て法廷の一段高いところに座っていた裁判官(プラディープ・ジョーシー)なんです。

メンバーは(よく分かりませんが、多分)裁判所の職員たちではないかと思いますが、休暇をリゾート地で過ごすのでしょう。

ホテルに入り、プールで遊び、そしてここでも食事、裁判官を含めた男たちは酒を飲みながら、IT企業では何倍もの給料がもらえるというような話をしています。

また別の日、裁判官がベンチで居眠りをしていますと、子どもたちが「ワッ!」と大声で驚かせいたずらします。

ということで、映画は終わります。何とも象徴的な終わり方です。

多少退屈はしますがとても新鮮な映画でした。ただ、インド社会を分かっていないと細かいところが伝わってこない映画でもあり、これを一般化して社会正義云々を語ってもしかたないような気がします。

ところで、裁判のシーン、ドラマなどで見る日本の裁判の感覚で見ますと違和感を感じるかも知れませんが、部屋のドアが開けっ放しであることを除きますと、日本の裁判、簡易裁判所ですが、同じようなものですよ。

同じ時間に10件くらいの裁判が組まれており、皆傍聴席で待っていますと、書記官が次は何々と事件番号を読み上げ、呼ばれたら原告、あるいは被告席に座り、裁判官が訴状や答弁書の通り陳述でいいですねとか言って、じゃあ次はひと月後とかだけで終わりますし、時には相手によっては諭すような口ぶりで話したりする裁判官もいたりと、ほぼ日本の裁判も同じようなものです。

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