オリーブの樹は呼んでいる

寓話的趣きのあるシンプルで過剰さのないいい映画でした

監督のイシアル・ボジャインさん、この映画で初めて知りましたが、スペインではかなり名の通った方のようです。

脚本のポール・ラバーティさんは、ケン・ローチ監督の映画で名前を見る程度には知っている方ですが、あらためて IMDbを見てみましたら、1996年の「カルラの歌」以降「私は、ダニエル・ブレイク」まで、ほぼ全てといっていいくらいケン・ローチ監督の脚本を書いています。

妻でもあるイシアル・ボジャイン監督の映画では、この作品を含め最近の3本の脚本を書いているようです。

監督:イシアル・ボジャイン

祖父が大切にしていた樹齢2000年の樹を父が売ってしまった。スペイン、バレンシアからドイツへ。オリーブの樹を取り戻すため、孫娘と仲間たちの旅が始まる。(公式サイト

シンプルで過剰さがなく、ほどほどの盛り上がりでいい映画でした。

舞台がイギリスであれば、ケン・ローチ監督が撮りそうな内容です。

映画は、養鶏場で働くアルマ(アンナ・カスティーリョ)が鶏の世話をするシーンから始まり、共に働くラファ(ペップ・アンブロス)と一緒に、電話でアルマの叔父(ハビエル・グティエレス)にいたずらを仕掛けたり、一方の叔父は最初は騙されますが、気づいた後はたまたま酒場にいたため、その場の皆と笑いあったりと、バレンシア地方の農村(?)のフレンドリーなコミュニティの雰囲気です。

ただ、アルマの電話が銀行からのローンの取り立てのいたずらであったりと、2010年以降の不況の影響がバレンシアの農村にも及んでいることが示されています。

実際に、不況のせいでしょう、アルマの家は元々オリーブ農園を経営(間違いかも?)していたようですが、祖父が大切にしている樹齢2000年の樹を売ってしまいます。それ以来、祖父は言葉を話さなくなっています。

このあたりの導入部分がもうひとつ掴みづらく、アルマの家族構成など、今でもよく分かりませんが、多分農園は手放していると思いますし、オリーブの樹を売った資金で店を始めたが失敗したようなこともあったようです。

また、現在アルマは20歳(と公式サイトにある)なんですが、過去に性的虐待を受けていた(よくわからなかったので間違いかも)のか、もしそうならPTSDでしょうか、自ら髪を何本も束ねて引き抜く行為やクラブで出会ったその日限りの男と寝たりします。

この導入部分、もう少し整理されていればすっきり入り込めたのではとやや残念ではあります。

とにかく、そのオリーブの樹は祖父とアルマがとても大切にしてきたものであり、祖父にとっては生きていることの証のような存在であり、またアルマにとっても幼い頃の思い出と結びついており思い入れも強いものです。

アルマ10歳くらいの回想シーンがたびたび挿入されます。そのひとつ、祖父がアルマに、オリーブの枝を接ぎ木して新しく育てることを教えるシーンは重要な伏線となっています。 

で、アルマは、そのオリーブの樹を取り戻そうと決心し、今は、ドイツのデュッセルドルフで、エネルギー会社のイメージキャラとして会社のロビーに植えられていることを突き止めます。

これですが、結構インパクトのある絵ですね。無機質なガラス張りのだだっ広い空間に緑の葉が茂るオリーブの樹、監督や脚本家の静かなるメッセージでしょう。

エンドロールで流れますが、これは、売り払われるシーンの樹ともども、レプリカだそうです。

映画の中盤はロードムービータッチです。アルマとラファ、そして叔父の3人でドイツに向かいます。

ただ、ドイツの会社と話がついているわけでもなく、オリーブは教会にあり返してくれると2人を騙していますし、大型トレーラーもラファが会社の車を黙って持ち出しているわけで、無謀も無謀、まったくどうなるか先の見えない旅ではあります。

この道中で、前半ではややごちゃごちゃしていたことが徐々に分かってくるように作られています。アルマのこともそうですが、叔父のこと、アルマの父であり叔父の兄のこと、そして、これはまあ映画的にはさもありなんですが、ラファがアルマに思いを寄せていることなどなど、車中の会話やら立ち寄り先でのことなど、うまく作られていたように思います。

ドイツ人は自分たちに比べて大きいだの、英語がうまいだのと、スペイン人のコンプレックスなんかも語られていました。ドイツのエネルギー会社がオリーブの樹をイメージ戦略に使っているというのもそうですが、EUの中のドイツはこういう見られ方をしているんということなんでしょうか?

まあ悪役というところなんですが、さらに、アルマの友人によってドイツにも協力者が生まれ、そのエネルギー会社は環境破壊を行っているらしく環境団体から抗議を受けていることがわかります。

こう書きますと、おそらくラストはそうした団体の協力を得て世論も盛り上がりめでたくオリーブの樹を取り返すラストを想像されるのではと思います。

まあ当たらずとも遠からずというところなんですが、ただ、このあたりが監督や脚本家のセンスなんでしょう、そうした過剰なことは意図的に避けているようで、ネット上でアルマたちへの応援が盛り上がったり、環境団体の抗議がわっと盛り上がったり、アルマたちへ直接的な接触があったりとはしていません。

アルマたちはデュッセルドルフに到着するも、オリーブを持ち帰ることなんて出来るはずもなく、ただ立ち尽くすのみです。

そしてクライマックス、というほど盛り上げているわけではありませんが、上に書いた、当たらずと遠からずということが起きて、アルマはそのオリーブの枝を持ち帰ります。

そしてラストは、前半の伏線が生きて、樹齢2000年のオリーブは未来へと接ぎ木されることになります。ちょっとダサい言い回しになってしまいましたが(笑)、映画はシンプルで嫌味はありません。それに、リアルというよりも、ある種寓話的な趣がある映画ですので、決してチャンチャンというオチではありません。 

監督がインタビューで語っています。

10年ほど前、夫のポールが高速道路の脇やオフィスの庭などに装飾的に置かれているオリーブの樹を見て、『どうして、こんなところにオリーブが?』と疑問を持ったことが始まりでした。オリーブは地中海地方の象徴的な樹であるにもかかわらず、2000年頃から不況のあおりを受け、バレンシア地方などで伐採が進んでいます。そのことを新聞で読んだポールはショックを受け、オリーブをテーマに映画を撮ろうよと言い続けていたんです。(イシアル・ボジャイン監督インタビュー) 

アルマを演じたアンナ・カスティーリョさん、映画初出演とのことですが、いい感じでした。ゴヤ賞新人女優賞を受賞しています。 

www.imdb.com

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