そんなには褒めないよ。映画評

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「ジェラシー/フィリップ・ガレル監督」相変わらず、愛(嫉妬)する男や女は描いても、愛(嫉妬)をえがくことは冷たく拒絶する

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「恋人たちの失われた革命」以降の三作しかみていませんが(多分)、どの作品も一貫していますね。「愛の残像」に「愛する男や女を描いても愛そのものを描かない」と書きましたが、これも同じように嫉妬(ジェラシー)する女や男を描いても「嫉妬」そのものを描こうとはしていないようです。


『ジェラシー』予告編


見終えても、三人の一体誰が「嫉妬」を感じていたのだろうと思うくらいに冷めています。

最もそれらしく描かれているのはクローディア(アナ・ムグラリス)ですが、一体彼女は何に嫉妬しているのか、あるいは彼女の不安定さは本当に嫉妬なのかと思えてしまいます。ついには、ルイ(ルイ・ガレル)の元から他の男の元へと去るわけですが、それが嫉妬からの行為だとすると、嫉妬する自分に耐えられないからなのでしょうか。

恋人に去られたルイは、いとも簡単に自殺という手段に走ります。幸い未遂に終わるのですが、それが嫉妬からだとするならば、死の選択へと至る「熱さ」は見事に捨て去られています。

映画の冒頭で、突然ルイから別れを告げられる妻(レベッカ・コンベナン?)が、本来ならば最も嫉妬に近い立場にいると思うのですが、そもそもガレル監督は彼女に注目していません。

どうやら、この映画は「処女作から彼のほとんどの作品に出演した父モーリス・ガレル(2011年没)の30歳の頃の物語」がベースらしく、かなり私的な制作意図があるのかも知れません。あるいは、「La jalousie」とは日本語の「嫉妬」とは別ものなのか…。