パティ・ケイク$

青春音楽物語。この映画、貧困、差別、女性の自立が主たるテーマじゃないよ

ラップって、こういう言い方をするとラップ好きには怒られるかも知れませんが、ダサさと紙一重のカッコよさみたいなところがありますよね。

この映画でも、MCバトルという交互にラップを(でいいのかな?)競い合うシーンがありますが、必然的に相手をディスることになり、汚い言葉を浴びせ合うような結果になります。カッコよくはないですね。

ところが、この映画のクライマックスの「Tuff Love Finale」やグループのテーマ曲とも言える「PBNJ」なんてのは無茶苦茶カッコいいです。

監督:ジェレミー・ジャスパー

公式サイト

監督のジェレミー・ジャスパーさんは、公式サイトによりますと、これが初の長編映画で初の劇場公開作とのことで、過去にはデビッド・ベッカム主演の「OUTLAWS」や「Glamouriety」という Youtube公開の短編を撮っているようです。ページが重くなりますのでリンクだけですが、確かにあります。

OUTLAWS Film – YouTube

Glamouriety, the full-length movie – YouTube

「ミュージックビデオの監督で名を馳せ」ともあり、確かに上の短編を見てもそれっぽいですし、この「パティ・ケイク$」も音楽の使い方がとても上手く、テンポやノリがむちゃくちゃいいです。監督、脚本だけではなく音楽も担当しており、この映画の曲はすべてジェレミー・ジャスパー監督の手によるものとのことです。

ラップで映画といいますとエミネムの「8 Mile」が浮かびますが、この「パティ・ケイク$」のほうはもっと軽やかで、パティが落ち込むところはあっても、全編通してポジティブですし、なにか悪いことが起きるのではとヒヤヒヤすることはあっても、とにかくパティの前向きな生き方で最後まで楽しく見られます。

パティ(ダニエル・マクドナルド)は、カリスマラッパーO-Zに憧れ、ラッパーとして認められたいと思っている23歳の白人女性、キラー・P と名乗っています。家庭環境はあまりよくなく、母親は酒浸りで働いていなさそうですし、おばちゃんは要介護状態、パティがバーテンダーとして稼ぐ収入でやりくり、日々、何だったか、支払い請求の電話が鳴る生活です。

ちなみにダニエル・マクドナルドさんは俳優さんで、ラップはこの映画のために猛特訓したとのこと、ここまで出来たら大したもんですよね。

パティには、ジェリ(シッダルタ・ダナンジェイ)というラップ仲間の親友がいます。ジェリはドラッグストアで働いており、二人の間柄を示すこんなシーンがありました。

予告編の頭のシーンですが、ジェリがカウンターで店番をしています。防犯カメラにキャデラックで乗り付けるパティが映ります。この時点では二人の関係は何も分かりませんので、何が起きるのかと思いきや、おもむろに店内放送用のマイクを手にしたジェリが、「ひれ伏し給え、女王様のお出ましだ。ミス・パトリシア・ドンブロウスキー、またの名をパティ・ケイク、またの名をキラー・P!」とラップスターの登場よろしく紹介し、パティがステージに見立てた商品棚の間を登場してくるのです。

こうしたシーンもダサさ一歩手前のカッコよさということではあるのですが、このワンシーンで、何も説明しなくても二人の関係がよくわかります。

このジェリをやっているシッダルタ・ダナンジェイさん、公式サイトに、監督が WorldStarHipHop という MV投稿サイトを見てキャスティングしたとあります。これですかね。映像内の出演者と同じようなマスクを映画内でおばあちゃんが被っていました。

Back At It: Aspiring Indian Artist Dhananjay The First Covers Mario “Let Me Love You” | Video

このシッダルタさん、なんかいい感じのキャラで、ジェリとしては、いつもパティのそばにいて、落ち込みそうになったときはなぐさめ、不安に駆られたときはお前ならできると勇気づけるという役回りで、音楽的にも「PBNJ」のフックっていうんでしょうか(間違っていたらペコリ)サビの部分を担当していると思うのですが、なかなかいいですね。

このジェリが「J」です。もちろん「P」はパティ、そして「B」は、黒人青年のバスタード(ママドゥ・アティエ)。このバスタードも面白いキャラで、ある時、パティとジェリが出演したライブハウスで、パンクなのかガレージなのか、ギター一本で演奏したものの客からは罵声を浴びせられ、それでもパティだけは音楽的に惹かれるものがあったらしく、一緒にやらないかと声をかけます。しかし、バスタードは何も語らず、人を避けるように去っていってしまいます。

その後、バティが、たまたま見かけたバスタードの後をつけますと、「GATES OF HELL」(だったと思う)と落書きされた怪しげな門、と言っても鉄道の高架下なんですけどね(笑)、その門を恐る恐るくぐりますと、そこには掘っ立て小屋があり、中はバスタードの音楽スタジオになっています。

パティがいろいろ話しかけてもバスタードは無言、それでもパティがこの前の曲やってみてと言いますと素直に演奏し、リズムだけにしてと言いますと、これまた素直に従います。何ともかわいいやっちゃということで、会話はありませんが、もうメンバーの一員です。

「N」は誰かと言いますと、おばあちゃんのナナ、車椅子で参加です。曲頭の「PBNJ」がナナの声です。

『パティ・ケイク$』特別映像 「PBNJ」PV – YouTube

ということで「PBNJ」が結成され、デモCDも作成され、プロモーション活動に励みます。

もちろん、物語はここまで一本調子というわけではなく、冒頭に書きましたストリートでの MCバトルや、ああそうそう、パティはあのファーストフード店で働く相手のラッパーのこと好きだったんですよね、あまり大きく扱われていませんでしたが、きっとそうだと思います。そんなあれやこれやや、パティの母親(ブリジット・エバレット)が実はレコード(自主出版?)も出しているロック歌手だったこと、そしてパティのケータリング会社への就活など、いろいろなドラマが音楽とともにテンポよく展開され、伏線ということとはちょっと違いますが、それらが後のドラマへとつながっていきます。

今日も長くなりそう(笑)。

で、プロモーションの甲斐があり仕事が入ります。しかし、演奏する場所はストリップまがいのポールダンスを見せている店で、当初、バスタードが反対します。このシーンだったと思いますが、初めてバスタードが口をひらき、自分は女性を商品として扱うことは許せない(といった意味のこと)、自分はアナキストだと語ります。

説得に応じて嫌々ながらすぐに同意しますし、特別大きく扱われているわけではありませんが、監督の何か価値観が現れているのでしょう。

ライブは失敗します。パティが場の空気に我慢ができず投げ出してしまいます。

ということで、パティとジェリの関係もまずくなったまま活動は休止、物語は、起承転結で言えば「転」のパートとなり、母親が再び歌うこととなったり、パティがケータリングの仕事を得て、クライマックスへの布石が打たれます。

ひとつは、ケータリングで入ったパーティーで有名 DJと出会い、「PBNJ」のデモCDを渡すことに成功、そしてもうひとつが、何と憧れのカリスマラッパー O-Zの邸宅でのケータリングにも入ることができ、さらにカクテルを直接 O-Zに持っていくことになり、思い切って、O-Zの前でアカペララップを披露します。

世の中、特に映画の中では(笑)そううまくはいきません。ラップとはなんとかかんとか、お前のはラップではないといったようなことを言われ、散々な目にあい、仕事も首になってしまいます。

このシーン、おそらく、単純な挫折のシーンではないと思います。

つまり、O-Zは成功者です。彼は、パティの顔を見ることもなく、背を向けたまま、その部屋の絵について、この絵は怒りがなんとかかんとかどうのこうので、値段は200万ドル(だったかな?ちょっと高すぎますね)、安いものだと宣います。

明らかにダサいですよね。ラッパーが豪邸で高価な絵を安いものだって!? こりゃダメでしょってシーンだと思います。

ということで、失意のパティですが、さらに追い打ちをかけるようにおばあちゃんが亡くなってしまいます。

ただ、このあたりの落ち込みも、パティをやっているダニエル・マクドナルドさんのキャラクターでしょうか、過度な暗さはなく、程よいバランスでまとめられています。それに母親のタフなキャラもありますね。そうそう、愛なのか寂しさなのかわかりませんが(まあそんなもの)パティがバスタードの小屋へ行き結ばれるシーンもあります。

そして、ある日、電話が鳴ります。デモCDを渡しておいた DJから、コンテストに推薦しておいたから出場しなさいとの誘いです。

パティはジェリに謝り「PBNJ」を再結成、といってもおばあちゃんはいませんが、いよいよコンテスト出場です。

パティは髪を切り、真っ赤なドレスに毛皮を羽織り、歌います。ダサいと言えばダサい? とにかく、会場の特別席にはあの O-Zが陣取っています。


Patti Cake$ Tuff Love Finale

号泣です(笑)。

会場は大いに盛り上がりパティたちもかなりの充実感、胸ふくらませて結果を待ちます。

ここで O-Zの鼻をあかすか?と思いきや、優勝は他のチーム、パティは自分を納得させるように笑顔のまま何度もうなずきます。

そしてラストシーン、コンテストからの帰り道、キャデラックを停めて何となく余韻を感じあっている風の3人、ラジオからあの DJの声が流れます。

「リクエストの一番多かった曲かけるよ。デモ CDながらすごい反響だよ! PBNJ!」


『パティ・ケイク$』特別映像 「PBNJ」PV

ラップ(音楽)は、権威からではなく、視聴者に支持されてこそ!

こういうことかな?

8マイル(字幕版)

8マイル(字幕版)