そんなには褒めないよ。映画評

映画を見てから読むブログ

映画「ルージュの手紙」(ネタバレ)人生、「生」があれば「死」があります

チケットを購入する時、ルージュの伝言って言いそうになりました(笑)。

そのあたりを狙ったのかも知れませんが、このタイトル付け、よくないですね。確かにラストに「ルージュの手紙」は出てきますが、それは映画の核心をついているものじゃないでしょう。

と、私は思いますがどうなんでしょう。

それにしてもカトリーヌ・ドヌーブさん、美しくも堂々たるものです。 

 

監督:マルタン・プロヴォ

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パリ郊外を舞台に血のつながらない母と娘が30年ぶりの再会を果たす。対照的な生き方をしてきた彼女たちが互いの人生を交錯させ、やがて心を解放してゆく。年齢を重ねたからこそ変化する女同士の絆が共感と感動を呼び起こす。(公式サイト

 

原題の「Sage femme」、英題の「The Midwife」ともに「助産婦」という意味です。助産婦さん、英語では midwife っていうんですか。

 

映画の中で、助産婦のクレール(カトリーヌ・フロ)の息子シモン(カンタン・ドルメール)が、それまで外科医を目指していたんですが、おそらく母親の影響もあるのでしょう、助産師を目指すことにしたとクレールに告げるシーンがあります。やや驚いたクレールが「今は助産師と言うのね」(違っているかも)と返すように、ウィキペディアによりますと

アメリカ合衆国、イギリス、オーストラリアなどでは男性の助産師も存在している。日本では助産師国家試験の受験資格が女性のみとなるため、助産師は女性しかいない。

そうです。

 

クレールはベテランの助産婦さんで、数人登場する助産婦さんたちにも何かあればすぐに呼ばれるような頼れる存在です。実際、何シーンか出産シーンがあり、生まれた子どもを見る限り実際の出産ではないかと思うような画でした。

 

後半には、やや唐突で物語の流れからそれてはいたんですが、産気づいて駆け込んできた妊婦さんが、実は二十数年(かな?)前にクレールが取り上げた子供で、かなり危険な状態だったらしく、クレールはもちろん覚えており、その妊婦さんも母親から聞かされていたというエピソードが語られ、感動してしまいました(涙)。

 

そんなクレールのもとに、30年前、何も言わずに突然姿を消した父親の恋人ベアトリス(カトリーヌ・ドヌーブ)から会いたいという電話が入ります。

 

クレールの父親はオリンピックにも出場した有名な(マーク・スピッツ似の)水泳選手だったそうで、ベアトリスが失踪後しばらくして自殺したと言っていました。多くは語られませんでしたので分かりませんが、ベアトリスが突然姿を消したことが関係しているのでしょう。

また、ベアトリスだったと思いますが、あの頃は二人で楽しかった(間違いかも?)といったようなことを言っていましたので、そうしたいろいろなことで、クレールはベアトリスを憎んではいても、忘れがたい存在なんだと思います。

 

また話がそれますが(笑)、ふと「月と雷」を思い出していしまいました。この映画も、ある女性の話で、幼い頃わずか半年程度一緒に暮らした母子が、まあハチャメチャだったがゆえに忘れられない存在として記憶され、再び現れた20年後、彼女の人生に大きな影響を及ぼすという話でした。

 

結局、人間って、本音としてはハチャメチャ、よく言えば自由人として生きたいのだけれど、それはとても勇気のいることで、多くの人は出来ないがゆえに憧れるということなのでしょう。

 

話が映画からそれてしまいましたが、ベアトリスがまさにその自由人で、勝手気ままに生きてきた人物です。

 

ですから、助産婦としてプライドを持ち、派手さは好まず、生き方はエコロジー志向のクレールにしてみれば、ベアトリスは、会いたくはなくとも、なぜかずるずると引きずり込まれてしまう存在ということになります。

 

この二人の関係に、もう一人ポール(オリヴィエ・グルメ)が絡んできます。クレールの現在は、おそらく面倒くさいということもあるのでしょう、男っ気はなく、休日はセーヌ川河畔での家庭菜園で過ごすらしく、たまたまそこで出会い、これもおそらくベアトリスの登場が影響したとの設定だと思いますが付き合うことになります。

 

これで、およそ映画の展開は想像がつくと思います。ストイックとまではいかないまでも派手さを好まないクレールのもとに派手で自由人のベアトリスがやってきて、クレールの生活に変化をもたらしていくということです。

 

ただ、さすがにクレールも49歳、さほど何かが変わるわけではありません。ある時、ふっと糸が切れるように弾けますが、決定的に何かが変わることはありません。そういう映画です。その意味では大人の映画です。

 

じゃあ、何が起きる映画なのか?

 

「生」があれば「死」があるということでしょう。 

 

なぜ30年後の今、ベアトリスはクレールに連絡してきたかといいますと、自分が癌(脳腫瘍?)に冒されていると知ったからです。

 

一歩離れて冷静に考えてみれば勝手なものですが、まあ人間そんなもんでしょう。

 

映画は、それをどう終えたかといいますと、ベアトリスは、自分の身勝手な行動ではあるけれども、あれやこれやクレールの生活を混乱させつつもクレールに自分自身の生き方を見せることで何かを残していったということです。

 

ベアトリスは「ルージュの手紙」を残して再びどこかへ行ってしまいます。

 

映画は、ベアトリスが「しあわせになってね」という言葉を残して、自らセーヌ川に身を投げたこと、あるいは将来そうなるだろうことを暗示しています。

 

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