海辺のリア

仲代達矢さんありきの映画なんですが、リアであるべきであったかどうか…

日本国内よりも世界で評価の高い、その多くはヨーロッパなんですが、映画祭で受賞したり特集が組まれたりする映画監督がいます。小林政広監督もそのひとりです。ウィキペディア

本作で長編16作目、詳しく調べたわけではありませんが、多分すべて自主制作的な作り方で撮っており、大手の映画会社からは独立しているのではないかと思います。

「愛の予感」では、ほぼ台詞なしの日常が延々と繰り返されるミニマムな作りに驚き、「春との旅」では、ちょっとベタなドラマに「え?」と驚いた(私にとっての)小林政広監督三作目となります。

監督:小林政広

主人公・兆吉を演じるのは仲代達矢84歳。俳優人生65年。共演には、黒木 華、原田美枝子、小林薫、そして阿部 寛の実力派が揃う。今や見る影もないかつてのスターと、そこに深く関わる者たちの感情が強くぶつかり、揺れ動く。人間の「純粋さ」と「邪悪さ」が絡まり合う複雑な関係を、それぞれが全身で演じている。(公式サイト

仲代達矢さんありきの映画です。

「春との旅」、「日本の悲劇」(見ていません)につづいての監督、主演の関係ですから、何か意気投合するものがあるのでしょう。

仲代さん始め、上の引用にある5人の俳優以外まったく登場しません。ロケでありながら、エキストラもまったくいません。

ほとんどのシーンを、浜辺を車で走ることができる北陸の「千里浜なぎさドライブウェイ」で撮っているようですが、出演者以外に人っ子ひとり写り込んできません。

兆吉(仲代達矢)が抜け出す介護施設(という設定)の玄関先のシーンでも施設の従業員など誰も出てきません。

であれば、完全に意図的にやっていることであり、多分、舞台劇を現実世界においてみるということなんだと思います。

物語も、タイトルにあるように「リア王」をモチーフにしているところがあり、台詞もいくつか引用されています。

桑畑兆吉は、映画や舞台で活躍した大スターであったのですが、いまは認知症を患って介護施設に入っています。

兆吉には二人の娘がおり、長女由紀子(原田美枝子)はマネージャー的に兆吉のすべてを取り仕切っていたらしく、兆吉の弟子であり俳優であった行男(阿部寛)と結婚しています。行男は、現在会社を経営しており多額の借金を抱えています。どうやら、由紀子と行男は遺産をすべて譲るとの遺言を兆吉に書かせ、介護施設(老人ホーム)に追いやったようです。

もう一人の娘伸子(黒木華)は、兆吉が50歳を超えてから若い女性との間に生まれた子どもで、由紀子とは親子ほども年が違います。伸子も自分の母と同じように、結婚せず子どもを産んでおり、そのこと(かと思いますが?)で兆吉から勘当され、また子どもを相手の男の親に取り上げられて人生に絶望状態にあります。

そしてもうひとり、運転手(小林薫)、といっても公式サイトでさえ「謎の運転手」と表記しているくらいよく分からない存在がおり、その男は由紀子と不倫関係にあり、そのことは行男も知っています。

といった人間関係が映画の中で語られていくというのが映画の内容です。

当然、兆吉はリア王であり、由紀子は長女ゴネリルと次女リーガンであり、伸子は末娘コーディリアということになりますが、行男と運転手、特に行男は出番も多く重要な役回りなんですが、リア王の中の誰かは判然としません。

どうやら映画全体としてリア王をモチーフにしているというわけではなく、仲代達矢さんのリアを見せることにポイントが置かれているようですので、リア王を思わせる深みはあまり感じられず、たとえば、コーディリアである伸子は自分の境遇を自らひとり語りのように語るというパターンが多く、さすがに伸子のシーンは持ちません。

行男は、由紀子に言われるがままに従ってやってきた、つまり自分は俳優として兆吉を尊敬しているのだが、兆吉を裏切ったことはもとより、自分自身をも裏切ってきたことへの後悔を吐露するという、長台詞のワンカットシーンがあり、阿部寛さんはかなり頑張っているのですが、どうでしょう、台詞(脚本)がよくないように思いますね。

その意味では、兆吉も、リアの狂気を認知症という現代的な問題意識でとらえているせいだと思いますが、仲代達矢さんの台詞回しがどこかふわふわしたものになっており、存在として力強さが感じられません。

自分を取り戻すときとそうでない時があるのかないのかもよく分かりませんし、ややワンパターンで演じられている感じがします。やはり、ここも台詞がよくないように思います。

海辺のリアなんてイメージは面白いと思いますし、ロケ地も悪くないように思いますが、もっと徹底して舞台劇っぽくするとか、逆にもっとシリアスにするとか、いずれにしても中途半端な感じのする映画でした。

それゆえでしょう、突っ込みどころの多い映画ではあります。いやいや、しかし、そこは突っ込みどころじゃないよといった映画だと思います(笑)。

春との旅

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