タレンタイム〜優しい歌

青春の味は甘く切なく悲しくて、お茶目な大人たちは隠し味。

ヤスミン・アフマド監督、映画祭では頻繁に上映される監督ですが、日本で劇場公開されるのはこの映画が初めてではないでしょうか。

監督本人は2009年の7月に亡くなっており、この映画はその年の3月にマレーシアで公開され、結果として遺作となってしまった作品です。

2003年の長編デビュー以来、6年間で6本の作品を残しています。残念ながら期間は短いのですがサイクルとしてはかなりの多作です。

マレー系少女オーキッドを描いた三部作のうち「細い目」と「ムクシン」の2本を見ていますが、「優しい」「切ない」の言葉がすぐに浮かんでくる作風かと思います。

監督:ヤスミン・アフマド

ある高校で音楽コンクール“タレンタイム”が開催される。ピアノの上手な女子学生ムルーは耳の聞こえないマヘシュと恋に落ちる。二胡を演奏する優等生カーホウは、ギターが上手な転校生ハフィズにわだかまりを感じている。ムルーの家族、マヘシュの叔父や母、闘病を続けるハフィズの母たちもからみ、民族や宗教の違いによる葛藤も抱えながら、彼らはいよいよコンクール当日を迎える。(公式サイト

やはり、この映画も優しく切なかったのですが、さらに面白かったです。

「楽しかった」という表現が的確かもしれませんが、こんな笑いがとれる監督でしたっけ?という印象です。

特に、ムルー(パメラ・チョン)の家族のちょっとした行動や会話に「プッ!」と吹き出すこと頻りでした。

ムルーの家庭はそこそこ裕福らしく、イギリス系の父親、マレー系の母親、そして妹二人と共に暮らしており、映画の中では祖母がイギリスから訪ねてきているようでした。

この父親の茶目っ気がすごいんです。ハリス・イスカンダルさん、この方ですね。

Harith Iskander – Wikipedia Bahasa Melayu, ensiklopedia bebas

“Godfather of the Stand-Up Comedy” とあります。やはりコメディアンですね。

妹二人のセリフも面白かったです。気のきいた生意気さというやつです。

そしてもうひとり、家族ではないのですが中国系のメイドさんがいます。このメイドさんは母親同様に子どもたちを叱ったりしますし、その母親ともほとんど親友のような関係です。

メイドとして雇った経緯は人助けのようなことだったようですが、すっかり家族同然となり、全くこだわりなく親密な関係が築かれており、かといってメイドとしての仕事がおろそかになっているわけではありません。

こうした設定やその描き方に監督の価値観が現れているように感じます。

楽しかったという点では、校長先生のような立場なんでしょう、タレンタイムを仕切るアディバ先生(アディバ・ヌール)のシーンも結構笑えます。タレンタイムのオーディションでアディバ先生が「 Next、Next 」と叫ぶシーンなど結構ツボにはまりました(笑)。

他に二人の先生、タン先生とアヌアール先生がからむのですが、この二人のやり取りはまるでお笑いコンビのようですし、そうしたコメディぽい雰囲気の中に、ふっとアヌアール先生がアディバ先生に告白するシーンを入れるなど、ちょっとした切り替えがとてもバランスがいいです。

で、そうしたほんわかコメディの中で描かれる映画の本筋は、タレンタイムでの優勝を目指す学生たちの青春物語なんですが、ただ、タレンタイムそのものが文化祭的なノリのものだということもあり、さほど競争意識といったものが描かれることはなく、主に描かれていくのはムルーとマヘシュの恋愛、そしてハフィズと病床にある母との親子ものです。

その意味ではかなりベタな物語なんですが、監督のセンスなんでしょう、過剰さのない描写が逆に想像力を刺激したり、記憶を呼び起こしたりして、結果としてとても優しいものとなるのです。

多民族、多宗教国家マレーシアという環境も大きく影響しています。ムルーは、マレー系の母親とイギリス系の父親の血をひいたムスリムですし、マヘシュは、インド系のヒンドゥー教徒です。また、マヘシュは聴覚障害を持っており言葉を話すことは出来ません。

ただ、映画は、こうした民族や宗教や障害による偏見や差別を取り立てて大きく扱うことはしませんし、それによってドラマを作ろうとしたりはしません。

たしかに、マヘシュの母親にはそれらしき(差別されている?)意識があるようにも感じられますし、ムルーの母親の友人に差別意識を持った人物を置いたりしてはいますが、当然のことながら、二人の間にそうした意識はまったくなく、ある日突然恋に落ちた二人です。

ハフィズはマレー人でムスリムという、多分多数派に属する設定だと思いますが、母親が末期の脳腫瘍を患って入院しています。このお母さん、結構でかい人で、最初の登場が誰とも説明がなく、いきなりベッドでゲーゲー吐いているシーンでしたので、結構インパクトのある登場のさせ方でした。

このシーンでは、理由は定かではありませんが、間が持たないと考えたのか(笑)、車椅子の入院患者を登場させ、母親との間でなんとも哲学的な会話をさせていました。

中国系のカーホウは、転校生であるハフィズが来るまではトップの成績だったのが彼のせいで落ちてしまい、それが先生の依怙贔屓だと疑い、ハフィズに反感を持っています。

カーホウのシーンはあまり多くなく、迎えに来た父親が車の中でカーホウの成績表のようなものを見てカーホウの頬をぶつシーンがあります。カメラは外から捉えていますので声はありません。

そしてラスト、タレンタイム当日、残念ながらハッピーには終わりません。

マヘシュが無断で外泊したために母親からムルーとの交際を禁じられ、そのショックでムルーはピアノに向かうも歌うことができず舞台を降りてしまいます。あるいは二人は別れる(別れなくてはいけなくなる)ことになるのかもしれません。

ハフィズの母が亡くなります。それでもハフィズは会場に駆けつけ歌います。 


『タレンタイム~優しい歌』予告 I go ver.

舞台で歌うハフィズの後ろにカーホウが現れそっと座ります。そして、間奏、ハフィズのギターに切なくもカーホウの二胡が重なります。

極めてシンプルに若者たちの心の交流を描いているだけです。多くを語らず、行間(画間?)に思いを込めて、そして何と言っても音楽がいいです。

残念ながら、タレンタイムではムルーの歌は聴けませんでしたが、「Angel」いい曲ですね。歌っているのは、アティリア(Atilia)さんという女性歌手だそうです。


『タレンタイム~優しい歌』予告編 Angel ver.

Talentime

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