オーバー・フェンス/山下敦弘監督

オダギリジョーと蒼井優、この湿っぽすぎる男女は佐藤泰志ではなく、高田亮のもの(多分)

こんな男女の話でしたっけ?

佐藤泰志さんの作品は、発表されているもの全てを読んでいますが、かなり記憶が薄らいでいるようで、こんな話だったかなあ…というのが映画の印象です。職業訓練校の男たちの人間関係と整理がつかない妻との関係が中心で、特別男女関係が際立っていなかったように記憶しています。

映画と原作との関係というものは結構悩ましいものですので、原作のある一点がクローズアップされていても、それはそれでいいとは思いますが、原作者の名前を前面に出す以上は原作との関係が問われることになるでしょう。

家庭をかえりみなかった白岩は、妻に見限られ、故郷の函館に戻り、職業訓練校に通いながら失業保険で暮らしていた。訓練校とアパートの往復、2本の缶ビールとコンビニ弁当の日々。ある日、同じ職業訓練校に通う代島にキャバクラに連れて行かれ、そこで鳥の動きを真似る風変りな若いホステスと出会う。どこか危うさを持つ美しい聡に、白岩は急速に惹かれていく… 。(公式サイト

映画としてのまとまりという点では、やはり(というのはこちら)山下敦弘監督という感じはしますが、佐藤泰志原作という点では、冒頭に書いたように、こんな話じゃないような…、につきると思います。

呉美保監督「そこのみにて光輝く」にも書きましたが、佐藤泰志さんの作品の中の人物は皆ハードボイルドなんですよ。人に涙を見せることはないんですよ。たとえ妻の前であっても。

それに、(原作の)記憶は曖昧ですが、さとし(蒼井優)もあんな感情の起伏の激しい人物じゃなく、傷ついてはいても芯の強い女性だったと思います。鳥の求愛ダンスもしませんし、激情のあまりガラスを割ったりはしなかったと思います。

などと、いくら原作とは違うと並べ立てても意味がありません。山下監督であるのか、脚本の高田亮さんであるのか…? え? ああ、「そこのみにて光輝く」の脚本も高田亮さんなんですね。

なるほど、確かにその視点でこの映画を見れば、物語の立て方が似ています。男の弱さ、女の弱さ、男女間のやり取り、互いの求め合い方、傷を舐め合うように結びつく男女、物語の軸にそうした男女関係を持ってくる脚本家なんでしょう。

監督であるのか、脚本家であるのか、あるいは製作であるのかは分かりませんが、こうじゃなきゃ売れないと判断したのでしょう。

「そこのみにて光輝く」でも思いましたが、映画の時代設定がよく分かりません。そもそも佐藤泰志さんの書く物語は、感覚的には、それが書かれた80年代よりもっと古い、60年代、70年代くらいの雰囲気を持っています。

人物がハードボイルドだと書いているのも同じ意味で、多くがストイックで寡黙な人間たちの話です。高倉健さんのイメージの人物たちの青春物語といえば分かりやすいかもしれません。

寡黙という意味で言えば、この映画の白岩義雄(オダギリジョー)にはそうした一面が感じられ、泣きさえしなければとは思います(笑)が、いずれにしても、泣きたいのに泣いちゃいけない時代の話なんですよ。

女性の側も同じ意味で、耐えることを求められた時代の女でなくちゃいけないんです。さとし(蒼井優)の描かれ方は、完全に佐藤泰志さんの世界を逸脱しています。

映画と原作の関係がどうあるべきかについては、どういう売り方をするかによりますが、この映画の場合、

2010年、熊切和嘉監督『海炭市叙景』、2014年、呉美保監督『そこのみにて光輝く』。そして2016年、山下敦弘監督『オーバー・フェンス』。没後四半世紀を迎え、ますます再評価が高まる孤高の作家佐藤泰志の小説を現代日本を代表する気鋭たちが映画化するシリーズが、いよいよ最終章を迎える!

などと、「佐藤泰志」の名で売ろうとしているわけですし、さらに「函館三部作」という表現も使っているわけですから、やはり原作の持つ原点みたいなものを外すのはまずいような気がします。

この点では、映画としては中途半端でしたが、熊切和嘉監督「海炭市叙景」が最も佐藤泰志さんの世界に近い映画だったと思います。

ところで「函館三部作」って、原作にそんな括りはないんじゃないの、と不思議でしたが、函館を舞台にした作品が三つという意味なんでしょうね。

「海炭市叙景」の映画化が函館市民の運動から始まったらしいですし、この映画の配給も北海道だけは別になっていましたし、三作品とも函館から映画化の話が始まっているということなんでしょうか。

願わくば、「最終章」と言わずに、「オーバー・フェンス」よりも映画向きの話がいっぱいありますので、もっと映画化してほしいですね。

ところで、映画と原作の関係について、ベストな関係と私が考える作品は「リスボンに誘われて」と「リスボンへの夜行列車」です。

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