ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女/アナ・リリ・アミルプール監督

監督自身の網膜に焼き付けられてきた残像や鼓膜に記憶されてきた残響を一本にまとめ上げたような映画

随分前に予告編を見て、これは絶対見なくっちゃと待ちに待った映画です! と言いながらも公開から一週間経っていますので、大きなことは言えません。

あらら、1日1回の上映ですね。さほど入らないとふまれたのでしょうか、良い映画なだけに残念です。

邦題を、原題の「A Girl Walks Home Alone at Night」路線でいったほうがよかったかもしれませんね。ヴァンパイアものということで見ない方がいましたらもったいないです。「少女は夜、ひとり家へ帰る」でも OK でしょう。

“ネオ・ノワール”とも称される新しいヴァンパイア・ホラーの世界を広げた本作を監督したのは、デヴィッド・リンチ監督『イレイザーヘッド』、ジム・ジャームッシュ監督『ストレンジャー・ザン・パラダイス』と“鬼才”と呼ばれる監督たちの長編デビュー作と並び鮮烈な才能を開花させたアナ・リリ・アミリプール。次回作はキアヌ・リーヴス、ジム・キャリーが出演する“The Bad Batch”が決定するなど世界で活躍する俳優陣が注目し、期待する監督の登場である。(公式サイト

物語はヴァンパイアものというよりも、ボーイ・ミーツ・ガールであり、ガール・ミーツ・ボーイです。その出会いのシーンはこの映画を象徴していてとてもいいシーンでした。

アラシュ(アラシュ・マランディ)は…、って、今気づきましたが役名が本名ですね。話が飛びますが、それぞれ役名が「少女」「アラシュ」「ジャンキー・ホセイン」「娼婦アッティ」「ポン引きサイード」「王女シェイダフ」「ネコMasuka」ですからね。ネコにまで名前をつけて、たしかに重要な役回りではあるのですが、クレジットまでされていました。

このセンスを楽しめる人は映画も楽しめるでしょう。

で、話戻って二人の出会いですが、アラシュは仮装パーティで無理やり(とも言えないけど)飲まされたエクスタシーでイッちゃっています。誰もいない真夜中の街をふらふらと歩いています。そうそう街の名前は「バッドシティー」です。役名のセンスと同じ意味合いでしょう。

少女(シェイラ・ヴァンド)は、多分夜の街で獲物を物色しているのでしょう。二人は路上で向かい合い、出会います。アラシュが一言二言声を掛け、すーと少女に寄り、仮装のために身に着けていた吸血鬼のマントを翻し、少女を包み込み、優しく抱きしめるのです。

その瞬間、少女は恋に落ちます。ヴァンパイアの仮装の男と本物のヴァンパイアの少女、その意表をついた設定、抱きしめられた少女の口元にはアラシュの首筋、まさか!?と若干の緊張感、結構ゾクッとします。もう少しマントを大きく翻すか、何らかの「音」を入れて強調してくれれば完璧でした。

アラシュは、疲れていたのでしょう、「座ろう」と言います。少女は…、「はい」と言って座るわけはありません(笑)。「私の家に行きましょう」と誘いますが、イッちゃっているアラシュは歩けるはずもなく、少女はたまたま(ではないけど)持っていたスケートボードにアラシュを乗せてゴロゴロと押していきます。

コメディではありませんよ(笑)。

で、次のシーン、最高です! 音楽と二人の動き、映画史に残る(ほどではないけれどそれなりにカッコいい)ラブシーンです。ゾクゾクします。ほとんど動いていないのですが、素敵なダンスシーンのように美しいです。音楽は、White Lies の Death という曲らしいです。

そして、アラシュは恋に落ちます。少女の部屋の壁には、マイケル・ジャクソンやマドンナのジャケットが貼られています*1。音楽にはレコードやカセットテープが使われ、針を乗っける音も効果的に使われています。あるいは、この部屋はアナ・リリー・アマポアー監督の心的青春時代の部屋なのかもしれません。

そして後日、アラシュは少女を深夜のデートに誘います。工場(発電所と言っていましたが実際は違うのでは?)が美しく光り輝いています。いわゆる工場夜景です。アラシュは告白しますが、少女は無言で立ち去ります。二人の後ろを貨物列車が走り抜けます。

美しいシーンです!

そしてラスト、いろいろあって、アラシュは少女に「もうこの街にはいられない。二人で街を出よう」と誘います。少女は従い、二人は車で街を出ます。もともとセリフは少なく、特に少女はほとんどしゃべらないのですが、これ以降セリフはなかったと思います。ラストは何を意味しているのだろうと若干考えさせられますが、映画的にはさほど重要なことではないでしょう。

と、シーンの説明を書いているだけになっていますが、こうした映画は写真や絵画を見るのと同じことで、見て感じなければ好みじゃなかったということですし、1枚1枚のカットに惹きつけられれば良い映画ということになります。

それだけこの映画がそれぞれのシーンに思いを込めてつくられているということです。モノクロの絵はとにかく美しいですし、音楽も素敵です。スタイリッシュ、お洒落、そう語られているようですが、まさにその通りだと思います。

ということで、とても素敵な映画なのですが、新鮮さという意味では、様々な映画や音楽、その他いろいろなものの影響下にある印象は否めなく、多くのシーンでどこかで見たような感覚がつきまといます。

アナ・リリ・アミルプール監督自身も、影響された映画監督として何人かの名前をあげていますし、「スリラー」のミュージックビデオについての言及もどこかで見かけたような気がします。

アミルプール監督はイラン人ですが、イギリス生まれでアメリカで映画の勉強をしたとありますので、ほとんど欧米の文化の中で育ったのでしょう。

このインタビュー記事を読みますとそこらあたりがよくわかります。

イランのある街という設定で少女にチャドルも着せていますが、イランぽさは全くなく、アメリカ西部の雰囲気です。ロケ地がカリフォルニアということだけではなく、多分、自らのアイデンティティへの意識がそうした空気感として現れたのでしょう。

さて、アナ・リリ・アミルプール監督、次作はキアヌ・リーヴス、ジム・キャリーのビッグネームで撮る(撮っている?)とのこと、どんな作品になるのか楽しみです。

*1:どちらも本物ではないらしい