そんなには褒めないよ。映画評

ミニシアター系映画レビュー*沈黙する言葉

映画タイトルの50音順メニュー作りました!

当サイトおすすめ映画直近の4作品

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汚れたダイヤモンド

監督:アルチュール・アラリ

(完全ネタバレ)ラスト10分のピエールの描き方が見事

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あさがくるまえに

監督:カテル・キレヴェレ

(ネタバレしても問題ない)のでよく知って見るべし。シンプルなのに情感豊か。

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ブランカとギター弾き

監督:長谷井宏紀

(ネタバレ)映画はシンプルなのに物語は深い

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残像

監督:アンジェイ・ワイダ

アンジェイ・ワイダ監督の遺作、心に残る映画です!

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最新記事

「おやすみなさいを言いたくて/エリック・ポッペ監督」さすがジェンダー・ギャップ・インデックス上位のアイルランド!とみれば楽しめるかも知れませんが…ちょっとね

家庭を持ってはいけない人間が家庭を持ったがための苦悩とみるべきか、さすが男女格差の少ない国アイルランドの話とみるべきかなどと、およそこの映画には似つかわしくない(と思われそうな)ことを考えながら、展開の遅さと何とも言えない居心地の悪さにイライラさせながらの鑑賞でした。

報道写真家のレベッカジュリエット・ビノシュ)は愛する家族の理解に支えられ、世界各地の紛争地域を取材で飛び回っていた。常に家族と一緒にいられなくても全て順調だと思っていたが、取材中に巻き込まれた事故を心配した家族から危険な場所へは二度と行かないと約束させられる。それをきっかけに、彼女は自らの信念をささげた仕事が家族を苦しめていることに気付き……。(シネマトゥデイ

サーチライトなのか、ハンディライトなのか、何かの裂け目から差し込む光なのか、その中でうごめくものが何だろうと注視していると、やがて車の幌がめくられ、ヒジャブで顔を隠した女性が不釣り合いにも見えるCANONのカメラを手にして荷台から降りてきます。報道写真家のレベッカジュリエット・ビノシュ)です。荒涼とした大地に女性がひとり埋葬されようとしています。レベッカはシャッターを切り続けます。カメラ(映画の)が穴の中に横たわった女性に寄ると女性はぱちりと目を開けます。

と、出だしは比較的快調だったんですがその後がいけません。

場面変わって、やはりヒジャブで顔を覆った女性たちが埋葬されるようにみえた女性を取り巻いて何かの準備をしています。女性の身体に爆弾の仕込まれた布が巻き付けられます。どうやら自爆テロに向かう女性の準備のようです。埋葬は儀式的なものだったのでしょう。

レベッカは、その様子を何の制約も受けず自由に撮り続けています。

えー!? テロリスト(と呼ばれる人)たちがそんなことを許すのでしょうか!?

さらに、後ろ姿ではありますが上半身裸の女性をレベッカが撮っているシーンもあります。顔でさえヒジャブで覆わなくてはいけないイスラムの世界でそんなことが許されるのでしょうか?

さらにさらに、レベッカ自爆テロに向かう車に同乗することを願い出てそのまま一緒に決行現場へ向かうのです。

えー!?えー!?の連続で、一気に気がそがれてしまいました。部外者に洩れることが即自分たちの死に結びつくかも知れない状況の中で、さほど深く入り込んでいるとも思えない他宗教他人種の報道写真家にそうした内部の撮影を許すのでしょうか? さらに自爆テロを決行しようとする車に同乗させるのでしょうか?

あるいは、エリック・ポッペ監督は報道写真家とのことですので、そうしたことも熟知した上でのシーンということなのでしょうか?

さらに続きます。車が町中に進んだところで突然レベッカが降ろしてくれと言います。その様子に不自然さを感じたのか町を警備していた警察官(多分)が取り調べに来ます。足早に車から離れたレベッカは振り返り、車のまわりに行き交うたくさんの人々を目にします。そして叫びます。「みんな逃げて!」と。その瞬間、目の前の子どもや女たちの「死」が現実のものとして目の前に現われたからの行為なのでしょう。

何という身勝手な正義感なのでしょう。もしそこで叫ぶのであれば、もっと早く準備している段階で止めるべきでしょう。

自らも生死をさまよう(ような)負傷をしたレベッカは、設備の整った病院で治療を受け、迎えに来た夫と共にアイルランドへ戻ります。アイルランドの住まいがまた素敵なところです。アイルランドではあの生活環境が一般的なんでしょうか? 多分それはないでしょうね。夫も生物学者でしたか、知的職業人ですので、まあかなり生活レベルは高い設定なのでしょう。

ん…? 自分を信頼して写真を撮らせてくれた人たちのことはどうなったの? 自爆テロで命を落とした人たちのことはどうなったの? と首をひねりたくもなりますが、振り返ってみれば、カメラのこちら側にいる、あるいはスクリーンを見ている我々も同じものかと自省的にならざるのえないのですが、それにしても、娘ステフ(ローニン・キャニー)との会話で、悲しみに沈む人々にカメラを向けることは苦しいけれど、それは意味のあることだと言わせてみたり、エリック・ポッペ監督自身が報道写真家ということであれば、カメラのこちら側の人間の言い訳にしか聞こえない感じもします。

悲しみに沈む人々がいるのではなく、あえて、悲しみに沈み物言わぬ人々を見ようとしているということであり、そしてまた、そのカメラ自体が悲しみを生み出す側にいるということでしょう。

ということで、冒頭に書いたこの映画に似つかわしくないかも知れない感想ですが、この映画が極めて狭いある欧米社会の家族の問題を扱った映画だとするのなら、確かに家族愛と使命感の間で苦しむ(男女問わず)ひとりの人間を描いているということも言えるかも知れません。確かにこの映画、仮にレベッカと夫マーカスの男女を逆転させてもほぼ同じ描き方が成り立ちそうですし、母レベッカと娘ステフの会話の中から娘の社会的な成長が描かれているなんてのも素敵なことだとは思います。

さすが、Global Gender Gap Ranking 上位のアイルランドです。2014年は8位で少し下がっていますね。ちなみに日本は104位です。およそ日本ではこうした映画は100年先まで作られないという順位ですね。